『moon light』




月明かりがカーテンの隙間から照明を落とした部屋を照らしている


ここはわたしの部屋?


それとも彼のアパート?


ああ、そうだ


これはわたしの夢の中


ゆらゆらとまるで海に浮かんでいるみたい


ううん、わたしを包んでいるのは海ではなくて彼のたくましい腕


彼の腕に抱かれて穏やかに、時に激しく揺れるわたしの体は徐々に不思議な感覚に襲われていき…でも突然恐くなって


いつも、そこで目が覚める


「やっぱり…夢」


鏡を見なくても今の自分がどんな顔をしているのかはっきり分かるほど頬が熱い


いつからだろう


月が綺麗な夜に限ってこういう夢を見るようになったのは


時計の針は深夜の2時過ぎを指している


多分、今夜はもう眠れそうにない


「なんでそんなに眠そうなんだよ、まだ午前中だぞ」


夜が明けて


今日の午前中は彼と一緒に駅前に新しく出来たドラッグストアに行く約束をしていた


彼はわたしの事となると例えどんなに小さなかすり傷でも魔力を使ってすぐに治したがるのに、自分がボクシングで負った傷は決して魔力を使って治そうとはしない


だから


絆創膏や包帯、消毒液などを救急箱に常に補充しておく必要があり日用品とともに買い出しに行くことに


「ちょっと寝不足なだけです」


恥ずかしいことに、さっきから欠伸を噛み殺していたのを彼に気づかれてしまった


「もうすぐ夏休みも終わるんだし、夜更かしばっかしてんなよ」


うー、元はと言えば誰かさんが夢に出てくるから


「夢が、何だって?」


しまった、また読まれちゃってる


「な、何でもないから早くお買い物しよう。午後からアルバイトでしょう?」


「ああ、悪いな付き合わせて」


「ううん、お昼ご飯一緒に食べられるの嬉しい」


そう、短い時間のお買い物デートだけどお昼はファーストフード店で一緒に食べようって誘ってくれて


眠れなかったのはそのせいもあるのかも


遠足の前の日に子供が楽しみで眠れないのと一緒だよね


「遠足って…おまえはいったいいくつなんだよ」


「もう!読まないでってば」


そうして、無事に(?)お買い物を済ませハンバーガーショップでお昼ご飯を食べている時にふと思い出した


さっき彼がドラッグストアのレジでお会計をするのを待っていた時、入り口のところで何かの試供品らしき物をもらったんだった


若い女性の店員さんに「彼氏とお買い物ですか?」って聞かれたから頷いたら「新製品なので是非使ってみて下さい」って言って可愛らしい小さなピンクの袋を渡されてポケットに入れたままだった


「ねぇ、さっきのお店でもらったんだけどこれって何だろう?」


ポケットから出して彼に見せたら今まで見たことないくらい驚いた顔をして目を見開き固まってしまった


な、なに?


これってなんなの?


一見綺麗な半透明のお菓子みたいに見えるんだけど?


「…こっちによこせ」


「いいけど、これってお菓子じゃないの?」


「いいから、さっさとよこせ」


今度は何だか恐い顔になってしまった彼に仕方なく手渡すと、すぐに自分のジーンズのポケットに乱暴に押し込んでしまった


「ねぇ、それって…」


「子供には関係ない物だから気にするな」


「同い年なのに子供扱いしないで…っていうか、わたしにくれたんだから女の子が使う物じゃないの?」


「そろそろ帰るぞ」


彼はほんとに困ってる、というような顔をして席を立って歩き出したのでわたしも慌てて後を追って


結局あれが何だったのか分からないまま彼はアルバイトへ行ってしまい、わたしはおとなしく家へと戻った


まぁ確かに、わたしは中学2年生まで家からほとんど出た事がなかったら世間知らずなところがあるし年齢のわりには幼いのかも知れないけれど


それでもたった3か月しか年が違わないのに、彼がわたしのことをいつも子供扱いするのは何だか納得いかなくって


だって


子供は絶対にあんな夢は見ないもの


今夜も雲ひとつない夜空に光輝く月が姿を現した


夕食を済ませて部屋の窓から月を眺めていると門のところに歩いてくる彼の姿を見つけて急いで外へと飛び出した


「よお、良く分かったな」


「たまたま、月を見てたから」


「月?ずいぶん風流だな」


「そういうんじゃないけど…それよりこんな時間にどうしたの?」


「ああ、今朝は買い物に付き合ってくれてサンキュー」


「そんな、わざわざそれを言いに?」


「いや、悪かったと思って。子供扱いしたこと」


「あっ、うん」


そんな素直に謝られると何だか調子が狂っちゃう


「例のやつ、なんだか分かったか?」


「えっと、その…」


実は多分、分かったかもしれない。もしかしたらと思って家に帰ってから保健の教科書で確認したから


「ごめん、知ってて俺のことからかってるんだと思ったんだ。後で良く考えたらほんとに知らないんじゃねぇかって気がついて」


「あの時わたしの考えてること読まなかったの?」


「おまえが読むなって言ったんだろ」


「そう、だけど」


どうしよう


めちゃくちゃ気まずい


お互いに


たっぷり1分以上の沈黙の後


彼の手が優しくわたしの頬に触れた


でもわたしの顔をじっと見つめたまま、そこから何も動きはなくて


いったい何を考えてるの?


「あの…」


「俺もおまえの夢を見ることはあるし、やっぱり眠れなくなる…こともある」


照れくさそうに視線を外した彼が小さな声で、でもはっきりとそう言った


「えっ!?」


「大きな声を出すな」


だって、彼はいったいわたしのどんな夢を見てるのか気になるじゃない


「言えるかそんなこと」


「もう、やっぱり読んでるじゃない」


抗議しようとしたわたしの唇は彼の唇で塞がれてしまった


ああ


また、この展開


いいんだけど


「悪かったな、ワンパターンで」


顔を見合わせてお互いに吹き出してしまったわたしたちを月が静かに見つめていた




fin