『remember 8』
「ま……くん?」
その呼び方を彼女の口から聞くのは何日ぶりだろう
慣れない下駄で痛めた足を魔力で治してやったら、どうやら記憶まで回復したらしい
「久しぶりだな。」
そっと胸に抱き寄せると強い力で背中に腕を回してしがみついてきたのは、紛れもなくいつもの愛おしい彼女だった
「ごめんなさい、ありがとう。」
礼を言われるようなことは何ひとつしていなし、謝られる筋合いもないが
「いったい魔界で何があったんだ?」
「別になにも…ただ。」
「ただ?」
「あの日、魔界に行った帰りに森で遊んでいる魔界人の子供達を見かけて…わたしが小さかった頃は家族以外と接することがなかったからちょっとだけうらやましいなぁ、なんて思って。」
「それで?」
「その時あの花を見つけたの、二千年前に魔界の人たちを救ったあのお花。たくさん咲いていて、とってもいい香りがして何だか眠たくなっちゃって。」
彼女は瞳に涙を浮かべて俺の手をしっかりと握った
「意識が無くなる直前に思ったの、子供の頃のわたしに教えてあげたいなぁって。」
「教えるって…何を?」
「もうすぐ寂しくなくなるよって。学校に通ってお友達が出来て、そして大好きな人が…」
涙声になった言葉を最後まで聞かずに口づけで彼女の唇を塞いで、少しいやかなり驚いた
「あっ…めぇ。」
まぁ、だいたい彼女と交わすキスはいつも甘いと言えば甘いのだが
「さっきあんなにいっぱい甘い物買ってくれるんだもん、仕方ないでしょう。」
そうだ、祭りでやたらと甘ったるい物ばかり12歳の彼女に食べさせたのを思い出した
「ふふっ、娘にめちゃくちゃ甘いお父さんみたいだったよ。」
「…るっせぇ、馬鹿。」
からかわれたお返しとばかりに今度はさっきよりも深く唇を重ねた
「んっ。」
どこまでも甘い口づけに酔いしれている彼女には絶対に分からないだろう
彼女の記憶が戻らなかったらと想像して俺がどんなに怯えていたのかということと
今日の彼女の服装が浴衣だったことに俺が胸を撫で下ろしているということは
fin
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