『dream』




「ほらっ、力抜けって」


「いっ…た、もうちょっと優しく」


「っていうか、なんでこんなにガチガチに肩が凝ってんだよ」


夏に向けて、家庭科の授業で始まった浴衣の制作


ミシンは使わずに手縫いでやった方が生地を傷めずに出来ると聞いて


ここ二週間ほど授業中だけではなく家に持ち帰ってまで夢中で縫い続けた結果、ものすごく肩が凝ってしまった


だって


紺地に菖蒲の柄が入った生地がとっても綺麗で、早く出来上がった浴衣を着て彼に見て欲しいなぁって思ったらついつい力が入り過ぎて


日曜の午後


ジムとバイトの間が2時間空いてるからと休憩がてらにうちに寄ってくれた彼に肩を揉んでもらう事になり


「ごめんね、これじゃあちっとも休憩にならないよね」


「俺の体はおまえみたいにポンコツじゃないからいいんだよ」


そう皮肉を言いながらも彼が時間をかけてマッサージしてくれたおかげで肩はずいぶん楽になり


「ありがとう、お茶持って来るから待っててね」


そう言い残してキッチンへ行き、良く冷えた麦茶と和菓子を用意して部屋に戻ると


「お待たせ…あれっ?」


彼は椅子に深く腰掛け背もたれに寄り掛かって目を閉じていた


もしかして、眠ってる?


お茶を乗せたトレイを机に置き、すぐそばに行っても全く目を開ける気配は無く


やっぱり、疲れてるに決まってるよね


連日の暑さの中、学校の授業に加え激しいトレーニングに夜遅くまでアルバイト


どんなに体力がある人だって消耗しちゃうだろうし、むしろ何で倒れないのっていうレベル


どうしよう


このまま寝かせておいてあげたいけれど、もう少ししたらアルバイトの時間だから起こさないといけない


今日だけでもわたしが代わってあげられたらいいのに


そんなことを思いながらうっすらと額に浮かぶ汗を拭いてあげようとハンカチをそっと彼の顔に近づけた時


不意に目を開けた彼に優しく手首を捕まれた


「サンキュー、自分でやるから」


そう行って立ち上がるとスポーツバックから取り出したタオルで汗を拭い「これ、もらうな」と言って机の上の麦茶を飲み干した


なんか


なんて言ったらいいのか分からないけれど


気がつけば彼の背中に抱きついていた


「こらっ、汗かいてるから離れろ」


そう言われてさらに彼の胸に回した両手に力を込めてしまう


「…ったく」


彼はいとも簡単にわたしの腕を解くと正面から向き合う形でわたしをそっと抱きしめ小さな声で囁いた


「俺も早く形にしておまえに見せたい景色があるからな」


「えっ、今…なんて?」


「なんでもねぇよ。浴衣、出来たら見せに来いよ。」


「う、うん」


残り時間数分のところで落とされたキスはひんやりとした麦茶の味がした





fin


 


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