『blood 6』




彼に抱きかかえられて到着した先は


「ここって…恋人の森?」


わたしが魔界で1番好きな場所


「久しぶりだね、なんだか懐かしい」


って、今はそんなこと言ってる場合じゃなかった


「ここで何をするの?」


さっきから黙ったままの彼の表情はどこか強張っているように見えてわたしも少し緊張してしまう


「べつに、どこでも構わねぇんだけど…室内だと汚れるといけないし」


「汚れるって、まさか」


ここでようやく彼がしようとしている事に気がついて背筋が凍りついた


「あのっ、それって…ちょっと待って」


「昨日、ジムのスパーリングで口の中を派手に切っちまってたんだ。さっきその、キ…した時多分その傷口の血がおまえの口に入っちまったんだろう、それで少し回復したんだ」


「だからって…」


「俺が傷を簡単に治せるのは知ってるだろ」


「嫌…やめて、お願いだから。べつに眠れなくったって死ぬわけじゃないし」


「バカなこと言うな、このままじゃ人間界で暮らせなくなるぞ」


それはそうかも知れないけど


「大丈夫だから、気にすんな」


彼は優しく笑うとジーンズのポケットから取り出した小さなナイフで自分の手首を勢い良く切り付けた


「ダメー!」


悲鳴を上げたわたしの口元に血が吹き出している彼の手首が押し当てられたところまでは覚えている


次に目を覚ますと自分の部屋のベッドの中で心配そうな顔の両親がこちらを覗き込んでいた


「気分はどうだい?」


「良かったわね、眠れるようになって」


体が軽いし、何よりここ数日感じていた手足の冷たさも無くなっている


「すごくいい気分。ごめんなさい、心配かけて。ところで彼は?」


いくら自分で傷を治せるとは言えあんなに出血して大丈夫だったんだろうか


「ああ、眠ってるおまえを運んでくれた時にシャツがかなり血で汚れていて驚いたよ。アパートに帰ると言うのを引き止めて、客間で休んでもらってる」


お父さんからそう聞いていてもたってもいられなくなり、客間に行くとそっとドアを開けてみた


ベッドに横たわっている彼はお父さんのシャツを羽織り手首には包帯がまかれている


傍に行くと彼は目を閉じて眠っているようだった


「ごめんなさい」


手首の包帯を指でなぞるように触れてみる


もしかして傷を治す事が出来なかったんだろうか?

 

「心配すんな、ちゃんと治した」


「起きてたの?大丈夫?」


ゆっくりと起き上がった彼はわたしの頭をポンと叩いて微笑んだ


「いいって言ったんだけどおふくろさんに強引に巻まかれちまったんだ」


そう言って包帯を巻いた手首を振って見せる。


「本当に大丈夫?」


心なしか顔色がいつもより青白く見える


「ボクサーを舐めんじゃねぇよ、おまけに魔界の王子だしな」


彼はベッドから出てわたしをそっと抱きしめた


「おまえの方こそ大丈夫なのか?」


「うん、ちゃんと眠れるようになったし体も楽になったの」


彼が心底安心したといった感じで「そうか、良かった」と言うのと同時にどちらからともなく唇を重ねていた


「すっげぇ、血の味がする」


彼が笑いながら唇を拭う姿が涙で滲んで霞んで見えた




fin