『tease』




「ほら、開いたぞ。」


家から持って来たいただき物の紅茶缶


ふたが固くてなかなか開かずに格闘していたわたしの手から缶を取り上げ、彼はあっという間に開けてしまった


「すごい!さすが!」


「おまえなぁ、そんなもんが開けられなかったらボクサーになんてなれねぇだろう。」


「あはは、そうだよね。ごめんなさい。」


彼の手が本当に好きだと思う


しとしとと冷たい雨が降る水曜の午後


定期テストの最終日で学校は昼前に終わり、彼がジムから戻って来るのを待って温かい紅茶を入れる


「はい、どうぞ。ごめんね、ティーカップ持って来なかったからマグカップで。」


「別にいいよ、何に入れたって味は一緒だろ。」


カップを渡す時に一瞬触れた彼の右手は、ボクシングのせいで拳の関節の辺りが少し擦りむけていて痛々しいのだけれど


大きくて温かいその手にずっと触れていたい


つないだり、抱きしめられたりするのも好きだけれど


一度でいいから思う存分彼の手を触りたい


…ってそこまで思ってはっとした


さっきから黙って紅茶を飲んでいる彼にまた心を読まれてるのでは?


「雨、やみそうにねぇな。」


ぼんやりと窓を見上げる彼の様子からはそんな気配は全く無くて


べつに、いいんだけど


いつも読んで欲しくない時には心を読むくせに、肝心な時は読んでくれないんだから


「悪かったな、鈍感で。」


「!」


ほらっ、また


彼は飲み終えたカップをテーブルに置くと壁にもたれ掛かかるようにして座り直し


「おいで。」


両手を広げていつになく真面目な顔でそう言った


「えっ…」


「さっさと来ないと気が変わるぞ。」


少し照れたようなかすれた声に心臓がドクンと大きな音を立てた


胡座をかいた彼の膝の上に手を引かれるようにして座ると


「ほらっ、触りたいんだろう?今日だけだぞ。」


そう言って自分の両手をわたしの前に差し出した


「あのう…」


「なんだよ。」


「恥ずかしいから目をつむってて。」


「なんだそりゃ。」


怪訝な顔をしながらも目を閉じてくれた彼の手にそっと指先で触れてみる


「!」


一瞬彼の体がビクッとなった気がしたけれど、構わずにその手をさすったり指を絡めたりとどんどん大胆になってしまう


だって今日だけだって彼が言うから


そしてついつい手の甲の擦り傷に、早く治りますようにとの思いを込めて唇を押し当てた


「こらっ、触るだけじゃなかったのか?」


彼は目を開けわたしをきつく抱きしめて耳元で囁く


「逆にこの手でどこを触って欲しい?」


はいっ、その手にはもう乗りません


彼がわたしをからかう時の口調ははっきりと分かるようになった


わたしが焦ってうろたえたところでいつも「冗談だ」って言って笑うんだもん


今日くらいはわたしが彼をドキドキさせてもいいよね


「全部、わたしのすべてに触れて欲しい。」


彼が息をのんで固まったのが分かる


やり過ぎちゃったかな?


「ごめんなさい。」


冗談だから、そう言いかけた瞬間畳の上に押し倒された


「んっ…」


重ねられた唇から舌が差し込まれわたしの舌を弄ぶように絡められた


左手はわたしの頭をしっかりと捕らえたまま右手はせわしなく腕や背中といった微妙なところを行き来する


やがてその手はスカートの上からわたしの太ももを撫でるように触り始めた


どうしよう


もしかしたらこのまま最後まで


と思い始めた時に彼の動きはピタリと止まりわたしは恐る恐る目を開けた


彼は今まで見た事のないような切なげでとても苦しそうな表情で大きく肩で息をしていた


さっきまでわたしの体に触れていた両手は畳の上に力いっぱい握りしめて押し付けられている


必死で何かに耐えている、そしてもう子供ではないわたしはその何かをちゃんと分かっている


「続けても、いいよ。」


決して強がっているわけじゃない


むしろわたしも彼とそうなる事を心のどこかで望んでいるのかもしれない


「バーカ…」


彼は柔らかい笑顔でわたしをそっと抱き起こすと


「俺をからかうなんて100年はえーんだよ。」


わたしのおでこを長い指でピンとはじいた


雨はまだやみそうにない




fin

 




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