「気をつけてくださいね」
彰子の言葉に、嬉しそうに頷き宿を後にした望美たち。
そんな望美たちを彰子は笑顔で見送った。
「―――気をつけてね。命を取られないように」
望美達の姿が見えなくなって彰子は、目を細め呟くと
宿の中へ入っていった。
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「本宮まで一緒にいけるなんて嬉しい」
「そうだな」
笑顔で頷き私の頭を叩く将臣くんの行動に、心臓が高鳴る。
変わらない行為。
だけど、久しぶりに感じた将臣くんの手のぬくもりが嬉しくて
そして少しだけ恥ずかしくて。
「もう、子供じゃないのに」
そっけなく答えた私に、それでも優しいまなざしを向けてくれる将臣くんは
私の知らない将臣くんの姿だった。
初めて将臣くんと出会ったとき、本当に嬉しくて涙が溢れた。
(でも――――)
「お前が、俺の・・・・・敵・・・・なのか?」
剣を交えた時、互いの顔を見た瞬間の将臣くんの顔が忘れられない。
信じられない顔、信じたくないと瞳は訴えていた。
それは私も同じだった。
大切な人なのに。
過ごした時間は長い。けれど、お互い守りたいものがこの世界にあって。
「どうした?」
「なんでもないよ」
急に黙り込んだ私を気にして声をかけた将臣くんに返事を返すと
白龍と話している咲弥さんへ視線を向ける。
どうしてだろう。咲弥さんを見ると心が切ない。
胸が痛くて・・・。苦しくて・・。
言葉に表すことがうまく出来ない。
「彰子さんは大丈夫でしょうか?」
「大丈夫ですよ。薬湯を与えましたから」
彰子さんはこの熊野の地へついた時から体調が思わしくない。
「それなら安心です」
弁慶さんの言葉に、ほっと胸を撫で下ろした私。
そんな私を咲弥さんが見ていた事を知らずに。
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「ふふふ・・・・。もうすぐ上流へたどり着くかしら?
見せてもらうわね。貴方の力を白龍の神子の力・・・・。それと貴方の力も」
宿で与えられた一室。
ゆらりと浮かぶ炎を眺め、炎の中に映る八葉や望美を見つめ
冷えた笑いを浮かべた。
カタン・・・
何かが当たった音が聞こえ振り返ると、この宿で働いている女中が
襖の隙間から彰子の姿を見て廊下で座り込んでいる。
「見たの?」
「ひぃ・・」
ガタガタと身体を震わせ、逃げようと後ずさりするがうまくいかない。
「大丈夫よ。怖くなどないわ」
優しい口調で話しているはずなのに、恐怖感を感じ
女中は小刻みに首を横に振る。
けれど、彰子はそんな女中を見ながらお構いなしに近づき
ゆっくりと頬を撫でた。
「貴方、美味しそうね」
「あ・・・お、お助け・・」
「本当に美味しそう・・・・。だからね」
「誰っ!」
女中が声を上げる間もなく彰子は女中の口を己の口でふさいだ。
すると、女中の身体がビクビクと痙攣し始めた。
「・・・・ご馳走様。美味しかったわ」
ゴトリ・・・・。と音を立てて女中は倒れる。
目を見開き、身体は骨と皮の姿で。とても今まで生きていた人とは思えないほど。
「見つかるとまずいわね。なら・・・こうしましょう。貴方は私の僕(しもべ)
私の役に立つ人形よ」
再び彰子が物言わぬ死体に頬を触れると、ゴキゴキと音がなり
立ち上がると黒い霧が死体へまとわりついた。
その霧を吸収するかのように骨と皮だけの死体に肉がつき
生きている人間の姿に変化を遂げた。
「我が姫」
「さあ、戻りなさい」
「・・・・はい」
女中は頷くと、その場を後にした。
「見せてもらいましょう。本当に救うことができるのならね」
彰子は甲高い声で笑い、部屋の中へ入っていった。