「咲弥」
背にぬくもりを感じ、目を開けようとした瞬間耳に届いた声。
その声は全身の動きを止めるには絶大な効果を持っていて
決心を鈍らせるかに思えた。
「咲弥」
もう一度、ゆっくりと名前を呼ぶ彼の問いかけに開きかけた瞳を開く。
「久しぶりだね・・・。鬼若くん」
呼ばれた弁慶は、微笑を深くし抱き上げ己の頬を咲弥の頬に寄せる。
さらりと落ちる金色の髪は温かな太陽の光を受けて光っていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「直ぐに乾くから」
「駄目ですよ」
きっぱりと告げる弁慶の言葉に咲弥は苦笑せざるえない。
こんなに彼は世話焼きなのだろうか?
考えても結論が出るわけでもなく、弁慶に甘えざるを得なかった。
困った顔を見せながらも頷いて、濡れた着物を脱ぎ何時の間に準備したのか
弁慶から渡された着物に袖を通した。
「いいですか?」
「ええ、大丈夫」
咲弥の返事を聞いて振り向くと藍色の着物に袖を通し
濡れた髪を上げて弁慶を見ている咲弥の姿がある。
「よくお似合いですよ」
「そう?ありがとう」
ふふ・・・。と笑い咲弥は辺りを見渡す。
彼以外の気配は感じられない。
本当にここへは偶然にたどり着いたようだ。
そう思うとほっと胸を撫で下ろす。
けれど、あまり時間を割いては待っている知盛がここへ足を運ぶかもしれない。
彼は自分で動くタイプではないけれど
今の自分の様子を少し疑問に思っている様子が伺いしれる。
「どうしました?心ここにあらず、のようですが」
「・・・そんなことない」
「・・・」
「そんな顔をしないで。鬼若」
少し悲しげな顔で、自分を見つめる弁慶を見つめ距離を縮めると
胸の中に顔をうずめた。
突然の彼女の行動に驚いたが、弁慶はそっと抱きしめ
顔を上げた彼女に口付けを落とした。