馬の蹄の音が響く。
ばらばらと降りて走り近づいてくる者達に
経正はひるむことなく、まっすぐに見つめている。
「お前が還内府か!」
九朗は剣を抜き大声で叫ぶ
「いいえ。ここには還内府殿はおりません」
目の前に剣の先を向けられているのに
動揺の色も悲観的な色も見えない経正。
「これ以上の戦いはしたくありません
退いてくれませんか?」
「何を!」
「還内府のいない
兵は退いております。あなた方のほうも同じでしょう?」
「・・・・・・・これ以上、誰も傷つけることは無いんですか?」
「望美!」
九朗の前に立ち経正に歩み寄る姿に
声を上げるが望美はまっすぐに見つめる。
「ええ」
「なら、退きましょう、九朗さん」
「おまえ!」
望美の言葉に声を荒げる
「この人の言葉を信じてあげてください」
「・・・・・・・」
無言のままの九朗。期待できそうな言葉は出てきそうにない。
望美も何も言わずに黙って九朗を見つめている。
どのくらいの時間がたったのだろうか・・・。
それは、ほんの1、2分だったかもしれない。
「経正殿。ご無事でしたか?」
「姫神子様」
「姫神子様だぞ」
ざわつく平家の兵士たち。
それは、望美たちと同行していた。
九朗や景時、弁慶も同じだった。
「彼女が、『平家の姫神子。戦神子か』」
「そのようですね。顔が見えませんが、この平家のざわめきは様は」
初めて耳にしたその名前。
望美は外套を被っているその女性を見つめる。
背格好は同じくらい、弁慶と同じようなしかし色の違う
深紅の外套を身につけていた。
「ココは引きなさい。経正殿」
「姫神子」
「もう、心配ないから。」
「どういう意味だ?」
九朗の言葉に、軽く首をかしげる。
「では、恩恵に感謝をしますが、今回は痛み分けでよろしいですか」
「なんだと?」
「あなた方の奇襲を読んで潜んでいた兵士は
すでに撤退させてます。
あなた達もその人数で現れたのなら、それ相応の犠牲を
払って来たのでしょう?
この場所にはすでに還内府はいません。
お引取りを」
負け戦などをしている様子を微塵も感じられないほどの
物言い。そして凛とした言葉
望美は、何も言えず黙ってみている。
「それでは」
「まて!」
「九朗さん!」
「「九朗!!」」
構えた剣を彼女へ向ける。
望美の声も静止も、弁慶や景時の制止も聞こえることはなかった様子で
攻撃を仕掛けた九朗。
しかし、その攻撃を経正が持っていた剣を奪い取り難なく受け止める。
その俊敏な動きに、九朗も驚きを隠しきれない。
「戦う意思はありませんから」
その言葉と同時に、九朗を風が捕まえ
一気に後ろへ押し倒す。
「くぅ・・!」
「九朗さん!」
慌てて駆け寄る望美たちに経正も、押し返した平家の姫神子も黙って見つめている。
「白龍の神子。川辺の彼をお願いしますね。
貴方を必要としています」
「え?」
姫神子はそれだけ告げると経正と共に、平家の兵士を引き連れ去っていく。
それを追う事は誰もすることはなかった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「あれが。平家の戦神子ですね」
「あの・・・。どういう方なのでしょうか?」
「還内府と同時にあわられた、こちらで言う『龍神の神子』でしょうか?
どんな方なのかはあまり知られてはいません。
ただ、あのように戦場へ立ち。還内府同様、戦陣で指揮をとってるようです。
姫軍師ということでしょう。事実、還内府と彼女になってからの戦では
苦戦を強いられているのは確かですから」
源氏の軍師である弁慶の言葉に、望美は驚きを隠しきれない。
あの女性はそれほどまでの知略に長けているということなのだ
「僕達が相手をしている敵は、怨霊だけではなく
あの二人も入っているということです」
「・・鎌倉殿も同じ意見だろうね。特に戦神子は御前へつれてくるようにとの
通達が回っているからね」
弁慶の言葉に続くかのように景時も付け加える。
前の運命には現れなかった人
その人が今、目の前の新たな敵として現れた。
もしかして、あのときの運命もいたのかもしれない。
けれどあの時は現れなかった。
だからこそ、確信が持てる。
あのときのように何も分からないわけじゃない。
「川辺の人をお願いね」
去り際に告げられた言葉
あれはおそらく、敦盛のことを指しているのだろう。
これから戻る途中で出会う、八葉の一人。
平敦盛。
彼から、少しでも彼女の存在を確かめることが出来たら。
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