麻生由美の大分豊後ぶんぶんだより⑨ こわいよう(その2)
前回、大分ことばはこわいと書いてしまったので、これを見た大分県ゆかりの人に「なんな!」と叱られないかとちいさくなっていましたが、まだお叱りの声は届いていません。(´▽`)
先日、「ブログ読みました。」という大分市の人に会ったので、すみません!と手を合わせたら、
「いいえ、その通りですから。」と、たいへん優しいお答えをいただきました。
さて、叱られないのをよいことに、もうすこし方言についてお話します。
大分県というのは、地図を見ていただければわかりますが、南東の、四国と向き合っているあたりの面積がどーんと広く、海岸線は四国側と同じくぎざぎざになっています。
古来、漁業に従事する人が多かったので、海部郡と呼ばれていました。
(大合併でほとんどが佐伯市に編入され、郡は消滅してしまいましたが。)
このあたりのことばは大分市のあたりに比べてさらに荒々しいと言われています。
あるとき、この県南の佐伯市から転校生が西部の中学校に転校してきました。
「白皙」という形容がぴったりの大人びた風貌を持ち、休み時間には、もうそんなもの誰も読まなくなった古い装丁の世界文学全集を静かに開いているようなブンガク少年でした。
彼は数学の連絡係になりました。
帰りのショートホームルームでのことです。
司会の子が「では、数学係から連絡をお願いします。」というと、彼はおもむろに立ち上がり、
少しざわついている教室をぐるっと見渡して、こう言い放ちました。
「いいか、おまえら!よう聞いちょけ!」
みんなはびっくりして顔を上げました。
「明日ん数学はのう、いつもどおりじゃ!わかったか!」
衝撃のあまり、教室はしばらくしーんとしていましたね。
わたしの職場の同僚に、やはり海辺のぎざぎざしたところからやってきた人がいました。
その口癖は「俺ゃあ、漁師ん生まれじゃ。気が荒えんじゃ!」でしたが、きわめて心優しい人で、
「荒えんじゃ!」と力のない声で主張するたびに、周囲からくすくす笑いが起こっていたものです。
学者で芥川賞作家の小野正嗣さんが育ったのも宮崎県境に近い、このぎざぎざした辺りの浦(入り江)です。
小野さんが受賞した時、TVの大分局が小野さんの里帰りに同行して取材することがありました。
驚きました。小野さんがお母さんに向かって、うれしそうに「おまえ」と呼びかけているではありませんか。
いくらことばが荒いと言っても、テレビカメラの前で親をおまえだなんて・・・?
落ち着いて考えると、この辺には魚のことをまだ「いを」という人もいるので、もしかすると目上の人に使う本来の意味での「御前」なのかもしれません。
敬語だったら、小野さん、ごめんなさい。<(_ _)>
「南郡(南海部郡の略)は、ことばは荒えけど、純朴な人が多いばい。」というのがわたしたち西部人の一般的な評価です。
(ちなみに「~ばい」という終助詞は西部地方へ筑肥方言が滲んできたもので、大分のほかの地域では使われません。一昔前のサスペンスドラマには、別府が舞台なのに役者のせりふに「~ばい」だけでなく「~たい」や「ばってん」などを平気で使っているものが多くてひどかったです。)
この評価ですが、よく考えると、私たち西部人はあまり純朴じゃないと自覚しているみたいですね。
さて、もうずいぶん前ですが、マレーシアへの団体旅行に参加したことがあります。
一行には「南海部」の人もいました。
定番の観光スポットを巡る中で、わたしたちは蛇使いのショーに案内されました。
コンクリートの床に差し渡し4~5メートル、深さは3メートルほどの穴があり。周りは高さ1メートルほどの井筒のようなもので囲まれていました。
巨大な炊飯釜を床に埋め込んだような感じです。
中には、わっ、たいへん、コブラをはじめさまざな種類の、素人目にも毒蛇だと分かるものたちがうねっているではありませんか。
蛇使いが現れました。インド系に見える小柄な中年男性で、やせた身体に開襟シャツとハーフパンツをまとって、裸足です。
梯子が降ろされ、蛇使いは捕獲棒のようなものを手に蛇だらけの穴の中に入っていきました。
ショーは、こわくてよくおぼえていないのですが、蛇に芸をさせるというよりも、からかったりつついたりして、反撃してくるのを巧みにかわしたりなだめたりするようなものだったと思います。
どう考えても、この人が無事に梯子を上ってくることはありえないだろうという状況を作って、その中から生還させるというのが、このショーのウリだったのでしょうね。
そのときわたしの頭の中に浮かんできたのは、子どもの頃に読んだインドの詩「へびつかい」の、
こんな一節でした。
みせもの はなれて 見るんだよ、
おかねも すこしは あげなさい。
じいさん 家族がおおいんだ、
だから へびなど つかまえる。
『世界童話文学全集18 世界童謡集』(講談社 1961年)
命がいくつあっても足りませんから、毒の牙を抜いておくとか、忌避剤を身体に塗っておくとか、
何らかの仕掛けがあったとは思うのですが。
梯子が降ろされて蛇使いが戻ってきました。観客はほっとして拍手しました。
そのときのことです。
南海部郡からやってきた男性が小柄な蛇使いに歩み寄り、その肩に手を置いたのです。そして、しみじみと言いました。
「あんた、たいへんな仕事をしよるなあ。」
蛇使いはとまどったようにほほえんでいます。男性は重ねてしみじみと言いました。
「気をつけなさいよ。」
何となく分かったのでしょう。蛇使いは白い歯を見せて笑いました。
同じ思いは、そこで観ていた人々みんなの胸にあったと思います。
でも、誰も行動に移せなかった・・・。
南海部の純なる魂よ!
大分県南部の海岸には言葉は荒いが心の美しい人が集中して住んでいる、・・・なんてことはないですね。
ただ、そこには、純なる想いを吐露しやすい風土があるように思います。
地球儀に春のつめたき指のせてインド半島の尖りうつくし
江戸雪『駒鳥』
麻生由美
大分県出身 1978年まひる野入会
歌集『水神』(2016年/砂子屋書房)
次週予告
2/1(金) 12:00更新 まひる野インフォメーション
お楽しみに!