干し柿の一連猿に盗られしが伝はり村中ひと日明るし 松山久恵
在満の印象なりや酔ひ来ればアカシアのこと大連のこと 塚澤正
かじか鳴く白き岩間に澄む水の底ひの碧さ胸さはぐまで 秋元夏子
うっすらと埃を置きたる仁王像春来る鬼を千年待つや 宇佐美玲子
狼の序列厳しく傍らで水場空くまでビクターの犬 矢澤保
素直なる心にあれば降る雪の白さに何のとまどひもなし 松本ミエ
朝露に濡れし虎杖の葉の先に白蝶一つ翅たたみおり 大山祐子
花見客が浮かれておりぬその近く農老一人畦を塗りおり 木本あきら
終日を籠り夕べに聴くラジオ明日の強まる雨を言うなり 正木道子
幼き日の姪の面差し様々に並ぶ仏に見ゆる不思議さ 佐藤正光
若き日のメーデーの棘は消え去りて祭りのごとき五月祭(メーデー)今日は 大葉清隆
山藤の紫しだるる隧道の真闇の中に吸はれ入りたり 辻玲子
老い母の白き和毛(にこげ)を指に持ち鋏入れたり 光り落ちたり 青木春枝
年輪を今年も重ねて春山の松の新芽がつくつくと立つ 横川操
十五年前の梅干出で来たり風味風格うめぼし婆さま 重本圭子
白百合を柩に入れて友の鼻人指し指で一寸弾きぬ 苔野一郎
人生の練習かしら幼な児がバイバイをするこころよりする 貴志光代
(※「バイバイ」に傍点)