言ひすぎし言葉のかへるゆふまぐれ引き算できぬ数に苦しむ   加藤孝男

 

 

わが娘(こ)に異形のものが宿りたるなによりもわれは娘が大事   島田裕子

 

 

思うだけで「一般人」ではなくなるか爪たて爪たて空豆をむく   市川正子

 

 

池の面に夕日が遊ぶひとときを祖父の言いいし水神を呼ぶ   滝田倫子

 

 

ベランダの柵を真白に塗りつぶす若者はシャツに風孕ませて   寺田陽子

 

 

春楡の影深まりて青年が病院行きのバスを待ちをり   小野昌子

 

 

行く人は現し世の頬尖らせてふはふは無職のわれを過ぎゆく   麻生由美

 

 

あの飴を取つて来いとふいぢめつ子の耳打ち聞こゆ祭の店に   升田隆雄

 

 

ゼミ生らと居酒屋にありて湯の味の勝れる酒を舐めて空しき   高橋啓介

 

 

一抱えの花束解けばクリスタルの花器に溢るる嵩は豊けき   齊藤貴美子

 

 

秒針のあるがよろしと買いたりし千円の時計故障を知らず   松浦美智子

 

 

若きらに占拠されたる渋谷の街明治の晶子は村とうたひき   庄野史子

 

 

北側の窓に机を移し終えこの夏もまた過ごさんとせり   中道善幸

 

 

何ものも身ぬちに入れぬかたくなさ頭蓋に己が靴音ひびく   久我久美子

 

 

吹かれきて休まる場所があるらしき狭庭の隅のビニール袋   柴田仁美

 

 

梵鐘に彫らるる徳川三代将軍の号を見つめつ身をのり出して   西川直子

 

 

さみどりに森はぐんぐん染まりゆきわが総身を血液めぐる   岡本弘子

 

 

柔らかに差し伸べくるる喜典先生の御手温かし握手を給う   小栗三江子

 

 

裏はなし表もなくてがむしゃらに原生林は空奪い合う   吾孫子隆