ご婦人がた笑つてゐるのに真ん中の男の真顔 つまんないの 橋本喜典
息子にはわが知らぬこと進みゐて冷えたる水を傍らに置く 篠 弘
学名をベロニカ・ペロシカやごとなき本名をもつオオイヌノフグリ 小林峯夫
新宮に詣で終りてもうで餅買いて熊野の空は晴れたり 大下一真
鉛筆を噛みつつ文章書きをりし三十五歳(さんじふご)までの指なつかしき 島田修三
ジャスミンのごときエロスか階段を肩抱かれゆくヒジャブのをみな 柳 宣弘
尖らせたユニーの二Bの鉛筆で桝目の上の宙(そら)をなぞりぬ 井野佐登
安来節の踊りを見ればあそこまで猫は化けても踊れはすまい 中根誠
つばくらめ狂(ふ)れたるやうに舞ひやまぬ小路に亡父(ちち)にも故人(とも)にも逢はず 柴田典昭
咲き満てるさくらさくらに花の芯千の目万の目樹下に仰げば 今井恵子
父も兄もずるい人ではなかったと思い返して残月あおぐ 圭木令子
抱き合ひて夢にわらひて別れけり寝覚めてなほも笑ひは続く 松坂かね子
歯みがきの蓋を落としし排水口男二人来て取れずに戻る 平田久美子
諍いて出で来し岸部の黄菖蒲にこの感情は笑われていん 曽我玲子
初音ミクが最後の歌を歌い終えアンコールもなく溶けて消えたり 三宅昭久
人のため生くるは愉し同じことくり返し訊く夫に応(いら)へて 鹿野美代子
残り世を開き直つて跨線橋ひとりで鬼の歩幅に渡る 大野景子
飛んでくるたんぽぽの絮むさし野の府中の苑に天使めきつつ 大林明彦
じゃらじゃらと百円玉を捜し出す母の残した貯金箱から 伊東恵美子