母逝きしことも忘れて落葉松の黄葉かがやく森に入りゆく 秋元夏子
アクセントに凹凸なきがふるさとのやさしさ月の橋をもどり来 森暁香
百年後供養しくるるありがたき子孫のあるや笑つて誤魔化す 伊藤宗弘
海風を受けて回れる風車見ゆポルトガルには原発あらず 飯田世津子
猫じゃらしわれに手渡し駆け出だす男の子の先の青空たかし 住矢節子
悲鳴にも似たる車のドアきしむ夜中の雨のどしゃぶりのなか 岩本史子
求め来し水菜に小さき蝸牛庭の草葉に子は移しやる 牧野和枝
「かあさん」と夫の声して覚めたるに木漏れ日のみが膝にゆれいる 福井詳子
折り紙は鶴しか折れず嘴や尾の丸きまま飛び立たんとす 宇佐美玲子
ひた燃ゆる真珠湾口の巨艦群幼は日本の命運知らず 塚澤正
み仏に囲まれ一日(ひとひ)を過す日はものみな穏しく見えてきたるも 佐藤正光
天井のスプリンクラーの穴の数かぞへて見るも昨日と同じ 香川芙紗子
夕べ吹く風の冷たさああ誰も振り向きもせぬ落葉を焚けり 袖山昌子
二年生預かる夜は九九を聞きかさこ地蔵の音読を聞く 鈴木智子
コルセット合わざる時は布詰むる軍靴に足を合わせるごとく 奥野耕平
バス停ごと乗り降りせはしき雨の朝頼られてバスの今朝は嬉しげ 齊藤淑子
「人間でよかったねー」と言ひ合へりワイルドライフの弱肉強食に 大田綾子
信じるって汲みあげるようなものらしい 友の言葉をわれは学べり 貴志光代
客船の写真集開くモノクロの終末はすべて戦没とあり 矢澤保
猫呼べば瞳うるませ犬が来る「お利口だね」と犬を撫でやる 菊池理恵子