一日を調整役に徹し来て家では閉じた貝になりたし  岡田千代子


雨に負け風に負けたいと思いつつ毎日泳いだ屋外プール  おのめぐみ


春蒔きの種ならぶ店に胸うずき荒れたるままのわが畑浮かぶ  牧野和枝


「あの人に会うため行くの」はつなつの詩吟に白きスカーフの母 田村ふみ乃


道すがら雉子鳴く声のきこえしはおまへが鳴いてゐたのだったね  秋元夏子


体(たい)張りて働くことを知らぬ足つるつるつるんと老いてゆくなり  谷 蕗子


ゆつくりと花圃に向かひし車椅子少女の指はルピナスに触る  森暁香


かすかなる放心のごときわが心紫露草の雫見てゐる  井汲美也子


天道虫離れぬままに脱ぐ喪服吊して部屋の窓を開け放つ  大橋龍有


幼な子のごとくわが手を握りたる母と歩みぬ病院への道  杉本聡子


年毎に数増し来たる石楠花の赤に暫く眼を灼かせおり  宇佐美スミ


職退きて戻りて来たる元公吏パンの朝食できず米食う  上野昭男


てらひなく落ち葉のあはひに菫咲く峠の風に首をふりつつ  鵠沼滿男


田植えまつ水面を風の吹きわたりくしゃくしゃになる夕はぐれ雲  菊池和子


茄子胡瓜トマトピーマンと植え終えて昼一人なり昼湯に浸かる  土屋立江


するだろう季節が来れば動物はセックスのこと考えもせず  高木啓


チューブよりクリームがビューと出てしまい顔いっぱいに塗るほかになし  秋葉淳子


鬱金香かなしきほどにひらきおり雌しべも雄しべも剥きだしにして  浅井美也子


エアコンが効いた部屋での初盆は拝んでいても祖母しかいない  広沢流


遅咲きの桜観るひとあたたかな言葉を卵のやうに産みつぐ  南 真理子


糸をほどくような手つきで撫でやれば猫は優しく舐めてくれたり  土屋美沙緒