昨日死にし教へ子は今日を知らぬなり生きゐる者の胸に生きゐて  橋本喜典


とくとくと報道にのり詠みにける標語に酔へる歌に圧されつ  篠 弘


ハナミズキならずハナミズ果てしなくこは花粉症不愉快至極  小林峯夫


来る風は風の匂いす水打てば水の匂いす五月尽日  大下一真


月曜の雨の降る日の昼さがり人生は長い以つてのほか長い  島田修三


むらさきが好きだつたなあ山の藤母見るごとく沢の辺に立つ  柳 宣弘


新潟より届く夏向き一本の冷酒「無冠帝」といふが嬉しき  横山三樹


羽弱く足弱くして春の虫風吹けば田の水に失すなり  中根誠


文旦も蜜柑も白き花をつけ薫りてゐたり信綱の庭  柴田典昭


水流の寂しさに似て核家族あかるき戦後をここまでは来て  今井恵子


月の出を庭に立ちいて待つ今宵いかなる明日われにあるらん  伴 文子


めわらべは約束のごと手の平に貝殻ひろう髪を垂らして  曽我玲子


五月晴れをふはりカーテンが揺れてゐる寂しい話で電話は終る  小林信子


幸せは此処よここよと陽にすきて緋ボタンの花大きくゆれる  関本喜代子


ころころと鳴る遠雷に双つ耳そばだつる馬のまなこのしづか  大林明彦