マチエール


映画にも行っていないな 子を連れてゾウの足裏トラの腹見ゆ  大谷宥秀


朝が来てまだ生きていたらまた会おう今日という日に毛布をかける  小原和


「お前にはロックがない」と泣き上戸だった上司の背中をさする  伊藤いずみ


報告と報告書の事実がなんか違う蛍光灯の色の具合かな  荒川梢


たらちねが出でしのちのふろ湯が少なし今日は三合飲むかもしれず  加藤陽平


かなしいがくやしいになる感情の一間続きに春風通す  北山あさひ


眠る子の耳が赤くてはつなつは遥かなものをしみ込ませゆく  木部海帆


じゃがりこに恨みは無いが噛み砕くほどに薄れる怒りよ さらば  倉田政美


ロビンソン聞きつつ滂沱の洟水を垂らして泣きぬ飲み屋のトイレ  小島一記


わが字よりわが肢体さきに知りし君へ青という字を記して見せん  小瀬川喜井


逃げることはいつでも出来たあの春のフェンスに絡む木香薔薇よ  後藤由紀恵


校庭に子ら集散しちりのごととどまらざれば美しく見ゆ  佐藤香保理


逢ひたさを磨くやうなる雨であるCD返しに行く裏路地は  染野太朗


水銀を振り下ぐるちからいまわれになければ三十八度をしまふ  田口綾子


砂丘くずれ私の胸もむずれゆくようやく終わるひとつの恋に  立花開


しつけ糸瀑布さながら吊るされてうさぎのようでたまに撫でにき  富田睦子


芯のないものほどむやみに熱くって汁に浮く麩を冷ましつつ食う  宮田知子


わあ黒い犬と思って喜んで見ればうつぶせ寝の一歳児  山川藍


こちら側のドアが開くたび戸袋に入って行くわ石原さとみ  米倉歩