まひる野集


金額にえらびし奥歯この歯もて本人確認さるる日もあらん  広坂早苗


はじめての掃除機ルンバの働きを見下しながらつきて従う  市川正子


こゑもなく狩られしひばり狩りし鳶四月の空は青く澄むなり  小野昌子


ほしいまま張る枝(え)に盛る梅の花ひと住まぬ庭の荒び始まる  寺田陽子


揉洗ふハンカチーフを椅子に干す旅ゆくやうな夜の入り口  竹谷ひろこ


血を持たぬものみな優しスカンポの先に触れつつ畦道をゆく  滝田倫子


枯れ来たる菊を捨てむとわが言へばそれは私と明るき声す  升田隆雄


古里にファイルされたる思い出をたぐりよせつつ姉の家出づ  齋川陽子


日当りも水捌けもよき庭先にゆすらうめの場所定まりたりき  斎藤貴美子


亡き義兄(あに)の祭壇かざりしスターチス乾燥草花に今宵は偲ぶ  岡本弘子


歩くたび烏柄杓(からすびしゃく)が増えてゐるやうな気がする夕暮れの坂  麻生由美


桃色のスコップに掘る春の土最晩年までまだたんとある  久我久美子


されこうべ数多降りおる幻(かげ)見えて生き急ぐがに桜花散りゆく  高橋啓介


幼児が高く差し出すてのひらを握りしむれば抱き上ぐるのみ  柴田仁美


ホームにて列車待ちつつ四季ごとの作物を見しは幻なるや  中道善幸


目見えしは二十六年も昔なり互みに若く写真(うつしえ)に笑む  小栗三江子


雑踏がふたつにわれて目の前に募金を募る人あらわるる  岡部克彦


真夏日の光を浴びて立ち泳ぎするがに咲ける池の睡蓮  吾孫子隆


ヴォーリズの通り淋しく横殴りの雨に傾く教会のあり  加藤孝男