作品Ⅰ


まだ整はずまだ整はずとささやけるさくらの下に思惟の断たるる  橋本喜典


会終へて仰ぐひととき日の伸びてくる夕茜雲を崩せり  篠 弘


いろり火を囲みて雨の上がる待つ前歯の欠けたイ族の男と  小林峯夫


さわさわとしだの葉群れの風に揺れ花なきものは常に静けし  大下一真


父祖の地をニャンゴマコゲロ村にもつ大統領は来るヒロシマに  島田修三


しくじりし会議を終へて乗る電車「うしろ五両は切り離します」 柳 宣弘


"読む会”にわが淋しむは創刊の仲間は去りて概ね罷りき 横山三樹


鍵穴に差されたるまま一夜過ぐここかそこかと捜しゐし鍵  井野佐登


郡山に来ればうすかはまんぢゆうと歌の二十首下げて帰るも  中根誠


小手毬の風に揺らぎて干し物をなしゐる妻の手に重なれり  柴田典昭


つぶつぶと瓦の屋根にムクドリの群れてとり憑くごとき家あり  今井恵子


八十年生きて何した 真夜中に覚めて自問して睡眠剤飲む  嘉戸明


この草はチカラシバとぞ名付けたる愉悦あるべし力ある草  松浦ヤス子


夫亡くて十度の春や永らへてひとり林檎の花陰に佇つ  荒井雪子


ふるさとの道に郭公の声あふれわがやわらかき耳とりもどす  中里茉莉子


わが飲めるリウマチ薬のプログラフ筑波山麓の土より成りし  高島光


鸚鵡カフェの灯りが路地にせりだして客の居らねば鳥の寛ぐ  亞川マス子


ゆきずりの白たんぽぽの冠毛を執念くこわせり杖の先にて  曽我玲子


野仏のまわりの苔を青あおと蘇らせて雨上がりたり  渡辺美恵子


哀しみのきはみの色と独り言(ご)ち野の果てに立つ虹をみてゐる  橋本忠


友よりのメールの文字の誤変換このごろ多しさびしく笑ひぬ  軍司良一


サングラスかければわたしでないわたしたそがれ色の世界にまばたく  飛田正子


昼すぎて立つ陽炎にゆらゆらと遠野ゆく汽車燃えはじめたり  大林明彦