作品集 2016年6月号 マチエール


自転車を漕いでる風で泣けてくる映画一本見てへとへとだ   山川藍


泡だらけの麦酒に口をつけながら私たちって諦め上手   荒川梢


無給出勤厭きて週末丸善に『檸檬』の美しき誤植を探す   伊藤いずみ


太き線細き線にも重さあり少しずらして紙重ねゆく   大谷宥秀


幼子の乳歯を磨くようにして毛蟹に歯ブラシ当てて洗えり   小原和


指に触るる羽二重餅(はぶたえ)の中の黒豆はうさぎの骨のごと悲しきかも   加藤陽平


裸木の森をあゆめば裸木に腹筋みえてああきみは四月   北山あさひ


ストローは必ず噛む子ふわふわと揺れているなり桜に吹かれて   木部海帆


通販で掃除機を買う父の目が東芝製に惹かれていたとは   倉田政美


マンションの廊下わが子の鳴き声の遠ざかりゆく昼酒の酔い   小島一記


原因推量「らむ」の暗さを芦野公園の桜の下に埋めてきて春   小瀬川喜井


陽の当たる場所から咲いて散りてゆくその正しさにさくらよさくら   後藤由紀恵


マグカップ座布団ひざかけストッキングカレンダーお茶を置きし職場よ   佐藤華保理


鳥塚と庖丁塚に立ち止まるああ今これは歌にならない   染野太朗


卒業式の空にピカソのあをがある何も消えねど美しい空   立花開


葉桜に萼は残りて風のたびほのかにあかく四月がくすむ   富田睦子


雨伝う窓にまぶたを押しつけて雨音聴けば雨の中にいる   宮田知子