作品集 2016年6月号 まひる野集


絶滅の危惧種といはるる知床のヒグマの群れを見る旅さびし   加藤孝男


若書きの詩のあやうさも耀(かがよ)いて芽吹く柳のさみどりの糸   広坂早苗


うつむいた貝母の花の網笠を手にしてあわきひととき過す   市川正子


もう一人絶えずだれかがゐる祈り語り合ひませう異端審問   島田裕子


通り雨止まざるやうな感傷のけぶらひて本棚の犬の骨壺   竹谷ひろこ


薄ら氷のその危うさが好きですと便りに書きしをおもう三月   滝田倫子


ランニングの少年青き魚のごと過ぎゆく川の水に映りて   小野昌子


剃り跡の清しき御坊を足下にしひととき立てりエスカレータに   寺田陽子


ちよつと来て地震ですよと母が呼ぶさうね母さんずつと地震よ   麻生由美


なまり色の空をきよめてこぶし咲く血管年齢九十歳(きゅうじゅう)がゆく   齋川陽子


したたかに頬骨を打つ擦傷に怖じけづきたれば歌会を休む   齊藤貴美子


過疎化へと波押し寄する山里へ雪割いちげは明かりをともす   中道善幸


桜花(さくら)咲き吹雪となる間人去りてまた人来りて齢は沈む   高橋啓介


育くめる日の光なれ年輪のぬくもりの見ゆ仏の肌に   升田隆雄


女々しいは男のためにある言葉「ごめんなさい」を君よ疾く言へ   柴田仁美


夜の闇に紛れマスクの少女くる蛸せんべいを土産に持ちて   久我久美子


たましいを運ぶ聖なる鳥という白鳥の白は闇にまぎれず   岡本弘子


磐梯の五色沼の面きらめけり多くの沼が春をまばたく   岡部克彦


入れ替わり立ち代りして繋がらぬ電話ボックスに亡き人を呼ぶ   小栗三江子


うたかたの人はもとよりこの先の山川草木(さんせんそうもく)成仏はせず   吾孫子隆