作品集 2016年6月号 作品Ⅰ



ひねもすを現場に立ちて旗を振る警備の人にもけふ春の風   橋本喜典


川いくつ潜りて走りうちつけにカーブ切りゆく大江戸線は   篠 弘


雀らも寒そうだなとつぶやきて庭を見ている父のまぼろし   小林峯夫


涅槃図に鬼神も人もけだものも哭せり素直に泣くを諾う   大下一真


ベッキーもゲスの極みも逢ひたからう性愛かなし是非なくかなし   島田修三


内側から腐つてゐると地下よりの配管工のこゑにたぢろぐ   柳宣宏


武川家に宿りし朝の溝川に湯気立つ諏訪の記憶もおぼろ   横山三樹


さてどこに潜みて動きゐるならむ腕時計なき手首また見る   井野佐登


土手に開(あ)く穴を調べてゐのししに襲はれ突かるる係りの人は   市原友子


庭の風に戸が鳴りはじむ百年の豆腐屋も夜を逃げてゆきたり   中根誠


待ち受けにストーンサークル飾りゐき死者の灰撒く処と知らで   柴田典昭


寒夜なれば指差し入れて手袋に一本一本あずけてはゆく   今井恵子


われに似て娘が太っていると言う胴細ければいいではないか   西元静香


午後六時こんなに明るい夕暮れが訪れてゐる家にかえらな   中嶋千恵子


停電と節電ありしあの年の春の寒さを身は覚えゐる   伊藤弘子


メロドラマのヒロインのような女来て夫に細々訴えている   稲葉範子


カーテンの吹かれつつある真昼間を若冲の白き象や入り来る   曽我玲子


「勿体無い」によって二部屋塞がってジワジワ廊下も塞がれて行く   横倉長恒


大地震(おほなゐ)の揺るる畑に腹這ひてバケツ被(かむ)りし三月十一日   大槻弘


君の名のあなた、おとうさん、おじいちゃん、今は変わりてほとけ様なり   関本喜代子


幼子を伴ひくれば風神に追ひ回さるる梅見なりけり   大林明彦