まひる野集
青き夏引き連れてくる夕ぐれのパブに孤独をしたたらせをり 加藤孝男
無花果を首より皮をむいてゆく口裂けおんなを宥めるように 市川正子
空腹をよろこびとする疚しさよ栗のおこわの五合を炊きぬ 広坂早苗
この窓に人影消して往ぬるのち鳥たちはきてしげるももの木 竹谷ひろこ
夫の窓すこし軋みてくもる日に葡萄を白磁の皿におきける 滝田倫子
中国のをみなら大き荷はこびきて郵便局のにぎはいにけり 小野昌子
単線の車両がドアを開くるたび稲田に生るる風が乗りくる 寺田陽子
グーグルの位置情報はONにしてコンコルド広場真中に立てり 島田裕子
釣りをする兄が弟におしえてる「イソメは噛むぞ先に首切れ」 松浦美智子
地中ふかくひそむ地熱の高まりて列島あちこち震えやまざる 齋川陽子
しづかにも二酸化ウランが点されて九州島は透きとほる秋 麻生由美
氾濫の危険迫れる目安なる「避難判断水位」テレビに知りぬ 齊藤貴美子
毒をもつゆえの魅力か登山者の誰もが見入るタンナトリカブト 中道善幸
秋空の青を舐めいる象して曼珠沙華の赤は幽かに震う 高橋啓介
かつて我にひとりの母の在りしこと忘れて秋の彼岸も過ぎぬ 久我久美子
超人的であるということ時として良き母たらんというを拒むや 岡本弘子
月俸の三十円にして医者代が十円なりし子規の明治は 升田隆雄
ふるさとの鷗ぶらりと飛んでこよメーメーセンの湯煮食いたし 吾孫子隆
弟が窓のわきまでふっとんだ父の怒りの訳は忘れし 柴田仁美
ショートステイに夫預けて見舞いたり横浜と市川近くて遠き 小栗三江子
住む場所をとつぜん奪わるる青虫や尺取虫らが黒土を這う 岡部克彦