マチエール
湯灌せし祖母の骸を思いつつ子のやわらかき髪を乾かす 木部海帆
宋さんが「ぼんじりモウナイネー」と言ったので鶏皮を食む少し愉快に 富田睦子
生徒らの赤面とても好ましく 秋よ 陳腐な永遠である 染野太朗
賛成のデモもありしとひたひたと朝のニュースは小窓を開く 小島一記
父の字のわずかに濡れて秋雨の夕に届きし封筒一通 後藤由紀恵
油断してわさびソフトを食べているできればあと九時間で八首を 山川 藍
もう一度、(いや、しみじみと?)恋をせば結婚したいと思ふだらうか 田口綾子
露出狂出没多発地域ゆく見たし露出狂、おまえを見たし 北山あさひ
白桃をふんわり包む両手にて捻る力やきみを飼いたい 荒川 梢
英文字でpenisと書くためよこに向くるこの動作なんとなく良し 加藤陽平
深海にしゃがみてゆっくり考える母性と父性の違いとわたし 小瀬川喜井
少し狂っておくと大きく狂わずに死ねる気がして今日赤い月 宮田知子
嬉々として東京タワーが顔を出すセーラームーンの再放送に 倉田政美
夕暮れの冷えたるかんぬき押し込めばわずかに動く草むらの中 大谷宥秀
医師からの処方を守り寝転んでルンバにスリッパ喰わるるをながむ 伊藤いずみ
教授からいかそうめんを渡された人から順に落ち込んで行く 小原 和
作品Ⅱ(人集)
炎天の稲田の畝にかがまりて草引くひとに日陰のあらず 庄野史子
除染者を今日指図する驕慢さ身にしみてをり雨上がる午後 高橋和弘
盆棚に飾らむと育てし鬼灯の立ち枯れたるをこはごは刈りぬ 鴨志田稚寿子
猫抱きさて眠らむか疲れたり畑土起し晩酌も終ふ 井上勝朗
夕風に迎へ火ゆれて大声の君の「ただいま」思い出しをり 辻 玲子
作品Ⅲ(月集)
八月や平和平和と叫ばされ「平和」という語に疲れたりけり 上野昭男
草山を吹き渡りゆく風の道の最中にありと思ふうれしさ 秋元夏子
家中の暖簾みな揺れ活き活きと家族のやうに風が吹きゆく 松山久恵
削るのか削るのだろう俺の歯を削りたいから削る歯医者は 高木 啓
野仏の台座にありし道しるべその方向に今は道無し 平澤照雄
丑みつにそろりと家の掃除する君に目玉は手足はあるか 仲沢照美