作品Ⅰ



白萩はなだるるごとく雨に濡れわれは最も妻を恋ひをり   橋本喜典


床下の暖房を電気に取り換ふるこの二週間に萩散りつくす   篠 弘


ゆったりとからだを伸ばしクロールす心臓は多分よろこんでいる   小林峯夫


さわさわとしばしは降りて雨止みぬいつまで続くデモと思わじ   大下一真


ちかぢかと雷鳴吼ゆるつかのまを浮かびて駱駝の貌のごときもの   島田修三


この年も生きちらかしてきたやうだ山の時雨に傘を打たせる   柳 宣宏


女をば殺すは男七十年戦なき世の果てのさびしさ   中根 誠


油壷に昭和の水族館ありて昭和の天皇うつし絵に笑む   柴田典昭


貧血の目眩に沈み行くごとし月下美人の花ひらきゆく   今井恵子


自が焼きし壺を並べて暮らす部屋ふしぎな霊の安らぎがある   篠原律子


生きてなお戦後を生きたし青年の腕(かいな)に眠る赤子三日目   曽我玲子


わたしたちが弱かつたから改憲を黙認しやがて戦犯とならむ   小林信子


食ぶるより食べさせること吾(あ)にふさふレンジに確かむ青き炎を   鹿野美代子


夜の明けるまでには決めると突然にジーンズの夫立ち上がり言ふ   大野景子




まひる野集


電話をかけ電話を受けて一日過ぎいずこより来る敗北感か   広坂早苗


高層の窓に白雨の猛り見て子が昂ぶればわれも昂ぶる   市川正子


誰も知らぬいのちのありて荒れ畑に今めぐり咲くあまた草花   久我久美子


慟哭の止まざる母を見つめゐきかの八月の畳に伏せる   升田隆雄


何かよく分からぬままに購ひてとにかく頒けし大き波羅蜜(ばらみつ)  麻生由美


明け方より晴天なるや八月のまつたき空を俯きて聞く   柴田仁美


水飲めばグラスの縁に残りたるたったひとつの唇紋   岡本弘子


愛は金で購(あがな)ふことができるかとしばし黙してできると答ふ   加藤孝男