声ばかり母に似てゆく夏の夜に古きアルバムひらきておりぬ 後藤由紀恵
冷蔵庫最上段に霧雨をひとつしまってゆうべ米とぐ 富田睦子
爪切りの中からいつの爪だろうこぼれて床に消えてしまって 染野太朗
円陣のたわむところがわたくしの立ち位置なればそこを動かず 佐藤華保理
今ならば治る病気で逝きし父まひるまの月はあの日と同じ 木部海帆
まだ他人に結婚しろとか言える人すごいと思うタイムマシンだ 山川 藍
たてがみを風の形に靡かせて夜明けに向かう馬になりたし 宮田知子
悲しみはすべてわたしが吸いこんでいるはずだったが子も吸っていた 小瀬川喜井
歯を磨くには鏡はいらずそのうめき意味はなけれど本音なるべし 加藤陽平
平和とはお金を払って成績が上がり笑顔で塾を去ること 倉田政美
とんでもないことで御座います伊藤様神様として蔑んでいます 荒川 梢
家族葬いいですよねと言いながらメールを二十一通消した 北山あさひ
祖母(おおはは)の襁褓(むつき)の中に手をあてる君の指先われは忘れず 大谷宥秀
志望動機(家から近い)履歴書で微笑んでいるわたしが怖い 小原 和
あんなにも遊びたがったエレベーターホールに今はお骨となりて 伊藤いずみ
作品Ⅱ(人集)
ジャングルの小道のなかに光さし帰らぬ兵の気配を感ず 木本あきら
たんぽぽに紋白蝶が来てとまり教科書の絵のような日盛り 宇佐美玲子
手術をへ遅き昼餉をとる医師ら藍のオペ着を纏いしままに 上野幸子
さみしさをにれかむような春愁をめぐらせふとる桜の幹は 伊藤恵美子
「どうだった」と背番号3に声掛けるみな小走りに去りゆく夕べ 矢澤 保
通学の服装のままの姪の子にこれから学校それとも帰り (故)本間ミサホ
作品Ⅲ(月集)
帰らざる訳でもなきに家裏の柿栗けやきの若葉に見入る 里見絹江
畑起こし一息入れんと立ったまま飲むや渋茶のまことに旨し 上野昭男
サラ金の店舗の路地は仏具屋と墓石の店が並んでいたり 山家 節
今はただ甘蔗畑の広ごりぬ父の名しるす碑のまへに立つ 宝永冨美江
中空にたれ下がりをる蜘蛛の子が逆さのままに風に吹かるる 川口六朗
「子の貧困」「女の貧困」文字踊る吊り広告を眺め揺られる 福留義孝