作品Ⅰ


玉砕も散華もいまだわが裡にいくさのかげを曳きずる言葉      橋本喜典


津波跡見てもどりくる駅前にどつと並べるくれなゐのタン      篠 弘


いかように教えたのだったか教室で小林秀雄の「無常ということ」  小林峯夫


来て知りし嬉しきひとつ白蓮の晩年の書ののびのびとせり      大下一真


紫陽花の花の重たきかたまりや宵かたまけて群童のごとし      島田修三


「戦争を知らぬ」輩となる気分バドワイザーをハノイにて飲む    柳 宣宏


焼香の客に頭を下ぐるたびみしみしと首のあたりが鳴れり      中根 誠


のろのろとゆく教習車に苛立てる我はも時間(とき)に流さるる人   柴田典昭


テーブルを父がペンキで白く塗り敗戦国日本に核家族なりき     今井恵子


蝋燭にマッチが似合いライターの火よりも温かく炎を上ぐる     すずきいさむ


残り世の楽しみひとつ一人わが仮想してをり離婚の案件       大野景子




まひる野集


ルフランの回廊飾る卯の花は卯の花腐(くた)す光を落とす      加藤孝男


鋤を引くことしか知らぬ村の馬名をつけられて戦に征きし      市川正子


まつはれる児らを躱(かは)せる気遣いの脚さばきゆかし母ライオンは 寺田陽子


寄り合える親族とも見ゆ一本の枝に小粒の枇杷かたまりて      滝田倫子


襟立てて干すブラウス揺れをりて拳ほどなる胸のふくらみ      竹谷ひろこ


衛星のまなこは映す媼(はは)の作る円形花壇の規矩の正しさ     麻生由美


光あれば見えぬものあり死に近きひとのこころと昼の銀河と     升田隆雄


家畜らと蚕養ふときのまの思春期にひきこもる一間(ひとま)のあらず 小野昌子


囀りの多く聞こゆるこの春と思へば夫も顔あげて言ふ        久我久美子