作品Ⅲ(月集)
木々芽吹く兆し悲しもこの土地に春待つ人ら誰も居らねば 鈴木智子
若きらはカッターナイフに開封す涙ぐましき時の節約 小島喜久代
窓の外に思い至れば忽ちに坐相に表はれ雲水打たる 伊藤宗弘
音たてて渦巻きのぼる火柱を目に追へば空に淡き月あり 秋元夏子
蟻の巣のごとき三LDKにただ子を育てる木陰さがしつつ 浅井美也子
見つからぬは切符ばかりか友の本借りたことすら忘れておりぬ 武石博子
つづまりは弟の泣く結末にからくも姉の面目保つ 西野妙子
トルソーに千の手が生え川岸の柳水面(みなも)にみどりを揺らす 岡野哉子
着ない物着られない物捨ててをりこの世去るにも体力が要る 香川芙紗子
排泄は金糸雀(カナリア)ほどもしませんよアイドルという不思議な存在 上野昭男
倒木の打ち重なるに守られてこの谷のタラ伸び伸び芽吹く 山尾運歩
シーガルの白き彫塑の佇つばかり春はさびしき街角である 大久保知代子
きれいだと言つてはならず戦時下に歩行鍛錬といふ花見ありき 斎藤美枝
食べるだけ作れば良いは表向き先祖伝来の田を荒らすまじ 大場實子
「わが軍」に耳を疑ふ春の日の攀縁茎(はんえんけい)にむなぐら覆はる 奈良英子
あした着るあの服この服どれにする中古服屋のような部屋なり 柴田恵子
挿し木より育てし椿の三十年ことしの除虫叶わぬを見る 牧野和枝
しなやかな白き指もて触診の医師の言葉は軽く鋭し 菊池和子
腹一杯風を孕みて泳ぐ鯉幟(こい)元気なりし子と重ね恋しも 近藤恭子
いづこよりいづこに抜くるや物流の轟音絶えず越中島通り 生田目達子