作品Ⅰ
わが書屋(しょおく)建てむ四隅(しぐう)に菊水の辛口そそぎ白米(はくまい)を撒く /橋本喜典
やすやすとその先例に倣ひつつ撮られてをりぬ「歌人の朝餉」 /篠弘
人訪わぬ沢に育ちて倒れたる桜大樹がなお蕾持つ /大下一真
胸ふかく鉛の塊(くわい)の沈む日もありき眼前(まさか)に芽吹くさくら樹 /島田修三
流れつき浜にやすらふ冷蔵庫冷蔵庫だからなにも言はぬが /柳宣宏
人質の処刑の時を「ああ、わたし玉ねぎ切つて笑つてたかも」 /中根誠
家にあればユニクロフリース草枕旅にはダウンの軽さをまとふ /柴田典昭
あらためて読める葉書の行間に亡き後も人は表情をもつ /今井恵子
春近し深まりてゆく夕闇に梅の香かぎて死者の声聞く /今川篤子
人はみな見た目に人を値踏みする和服を着ればやさしくされぬ /益子はつえ
ものうげにいづこを視てゐむ白鷺は細き脚たて冬の日をあぶ /小出加津代
まひる野集
これやこの落魄の胸にしみてくる牡丹雪なればなか空に咲く /加藤孝男
行政のオートマティックな用語から逃れて夕べ『赤光』を読む /広阪早苗
みずからの重みに枝を揺らし落つ蕩児のような如月の雪 /市川正子
はげましの言葉はいえず卓上の水仙の香にふれて帰り来 /齋川陽子
スーパーの駐輪場のゆふぐれにここはどこかと老婦人問ふ /小野昌子
受験生居らざる空席数見えて永久不在の間引きのごとし /高橋啓介
たよりなき首にマフラー巻きながら白鳥の首の自在を思う /岡本弘子
突拍子もなく襲いくる死の影が鴨居のそばにうろついている /吾孫子隆