作品Ⅰ

酒飲みて天地有情のよろこびを詠みしわが歌女将に盗まる   橋本喜典

正面にモディリアーニを飾りたる画廊にけふは守衛が立てり   篠弘

戦争に敗けて初めて女性にも参政権が与へられけり   関とも

ゆっくりとクロールしながら今晩のメインディッシュを鮪にきめる   小林峯夫

団栗の少なき年と気がつけば四十年もこの墓所を掃く   大下一真

アイレーのマフラーを巻き大寒の街ゆきゆけば風あたらしき   島田修三

上書きとコピーと夜まで繰り返す四月一日に間に合はすため   柳宣宏

介護保険受給証の空色が冬のみぞれの朝届きたり   井野佐登

浜松の謂れともいふ大松の切株に猫二匹が転ぶ【まろぶ】   柴田典昭

噛みあわぬ会話の途次に息は漏れ聞いてはいけないもののごとしも   今井恵子

釉薬のにごり幾度も洗いいて澄みくるまでのわれのこころは   中里茉莉子

この夏を夫と渡りし丹の橋が爪ほどに見ゆ鳥の眼われに   曽我玲子

まひる野集

歯ブラシに歯茎をさぐり明け方の闇にめざむる冬至のこころ   加藤孝男

議事録がウルガタに見ゆ薄紙のようなねむりが垂れてくる午後   広坂早苗

鳥追いのCDぺかぺか揺れながら芋がら畑黄昏れてくる   市川正子

今生はたどり着かざる土手のあり茅花の銀の影が揺れをり   麻生由美

今日いたく心冷えおりて学生の無知をいたぶる言葉は冴ゆる   高橋啓介

振り向きてカルテとりたる歯の医師の腋臭にほへり何故か懐かし   柴田仁美

踏まれつぐ銀杏の実匂ふ舗道なれおのづとSのかたちに歩む   升田隆雄

様々な悩みかたみに秘めながら階下るとき声を掛け合ふ   久我久美子