<一月集>

踏む土に朽ちゆける葉のにほひしておどろきやすき猪【しし】と出会ひつ   井出博子

いつしかに羽根退化させ身を鎧うゾウムシは飼われて産卵をする   宇佐美玲子

己が手に虹たたしめてわれを呼ぶ秋の日ざしに水撒く母は   庄野史子

大丈夫と言いつつおみなの宅配員新米三十キロを運び入れたり   西野妙子

よもや恋などとゆめゆめ思うまじ不整脈との情報もあり   高野香子

とうに母を忘れていましたる父が告別式で涙ながせり   西川直子

反論し反論されてゐる夕べ電話に声を残しつつ切る   新谷弘子

熊が来て蹴飛ばしさうな罠を仕掛け三十戸の村雨にけぶれる   松山久恵

何故にカサブランカを下さるや訝しむ間も清し香はなつ   島崎シズエ


<作品Ⅲ>

遠き地にいまだも病みて友は在ると思いなしてぞ亡き夏を堪う   松永ひさ子

チョウの舞う自転車の廻り買物にいつも連れ立ちし夫を思えり   馬場令子

石垣の矢穴に触れて撫づるとき三雲城址に古の風   服部智

歌会に出ずと決めし今になり出でたきおもひ湧きて出づるも   坂井好郎

つかれはて座らむとするわが椅子にふはふはと犬のぬいぐるみ待つ   岩岡正子

大き目と鋭き爪をもつ熊が小さき人を抱きしめてゐる   秋元夏子

秋の日のさざ波光る池の辺に午後を過ごしぬ釣り人を見て   稲熊昌広

食台に紫式部を妻かざる我が歌詠みの歌材にせよと   樽本益治