<十一月集>
夏の雲あと十年の運転と定めて最後の新車をえらぶ   森暁香

宙にある自分の分の空気だけ吸ひて畢らむ寝際に思ふ   松山久恵

意志ありて紅葉【もみじ】なすらむまだ細き幹のぼりゆく火のごときもの   久我久美子

ひぐらしの声極まれるそののちに村深々と闇を抱きぬ   馬場有子

小石のやうにころがれる蝉の死のあつけらかんに憧れてをり   瀧澤美智子

葛藤も乗せて押したる車椅子主を失い軒に凭れる   北川けい子

待ちわびし驟雨わが街おほひたり恋人に逢ふやうな嬉しさ   遠田昭

この人は機転と段取りまるで無いだからずーっと健康なのだ   菊池理恵子

<作品3>
背に陽を受け生ゴミを出しにゆくわが前をゆくうすき影あり   服部智

重すぎる荷物を持って這う人よわたしのために苦しめよアホ   小林樹沙

三時間毎の予報の四マス目、君に会ふ時刻に雨が降る   田口綾子

時刻表があえかに灯るバス停で燃やされたバッハの楽譜を思う   立花開

暇そうなペキニーズのみ髪の毛を食むほど我を愛するやつは   伊藤博美