<作品Ⅰ>

影法師のごとく付きくる病とぞ名月の夜を宿すかこの身   橋本喜典

桜島おほひつくして降る雨に押されてたぎつ黒きけむりは   篠弘

日本の「旧約聖書」は武士道と新渡戸稲造は英語にて書く   関とも

うつしき妃へのいじめの話より始まる『源氏』五十四帖   小林峯夫

変節かはたみずからに従順か半夏生白く蝶まぎれたり   大下一真

あはれはや夏のあしたは明けむとし重たきかなや俺に積もる泥   島田修三

そのかみに便所蜂とぞ呼ばひしが道より発ちて光の子となる   柳宣宏

たねといふ美しきもの掲げたり蒲公英は一段と茎を伸ばして   三浦槙子

わが米寿祝ふと賜びし呼子笛非常時ならずも呼び合ふ夫婦   横山三樹

去年の夏カンナおほいに繁りたる一隅にしてからたち枯るる   井野佐登

道元の遺骨の一片を伝ふるとふ開山堂の空気動かず   柴田典昭

均しゆく男の声が響きたりビル解体の後の明るさ   今井恵子

沿線のみどり流れて子のある嫁子のなき嫁が駅弁を食む   曽我玲子

<まひる野集>

峨々たりし岩群のへをゆく列車青葉は窓に触れむとしつつ   加藤孝男

紙に腕に馴染めるまでの小半時筆はようやく書く意志を持つ   市川正子

青空の腕【かひな】にかがよふ浦廻【うらみ】より出で行く船に領布【ひれ】振りけらし   島田裕子

びゆびゆと牡鳩啼きゐて垂れ籠むる雲の下層は流れはじめつ   竹谷ひろこ

童貞の痩躯しならせ苦しみの青く燃えたりし新宿に佇つ   高橋啓介

わかき人が即座に席をたちあがるその時しかと老婆になりぬ   斎川陽子

葬祭の二割引とふ電話来て九割引まで待つと応へつ   升田隆雄

尖りたつ水銀色のビル街の思はぬ方【かた】より土のにほひす   柴田仁美