6月号の作品②

<十七人集>

娘の悩みを聞きいつつ不意に笑みのわく余りに夫に似たる子なれば   大石栄子

広辞苑第六版を購ひぬ家族意外としゃべつてゐたい   大野景子

人生はアドリブでよいざぶざぶと泥にまみれた長靴洗う   伊東恵美子

おばあちゃんは何歳ですかと問う孫に七歳ですと言えば頷く   塙紀子

褒めてくるる人もおらぬに時かけてトイレ風呂場の掃除終えたり   すずきいさむ

<作品Ⅱ>

ドナルドキーンはこの庭園を見下ろせるマンションに住むと聞く   小林千枝子

夫と子が一升瓶を空にして息子がそろそろ本音言ひ出す   豊田麗子

豆煮つつ焦がすまいとガス台にへばりついても最後は焦がす   益子はつえ

キッチンでパカッといふ音ふいにせり何の音かと立ち上り見る   山口真澄

どの人の体重にも同じ速度で開【あ】く自動ドアに敬意を表す   関本喜代子

フリージアの黄を包まんとセロファンを花屋の少女ビビーンとのばす   佐伯悦子

あたたかき手よと言われぬ 杖二本付く手にわが手を添えたる人に   桂和子

<六月集>

急行の過ぐるレールに轢かれた一枚のちらしまた舞ひあがる   庄野史子

啓蟄の雨に斑の雪消えて冬ざれの丹羽あらわに曝す   西野妙子

初鳴きのひばりの声が雨粒とともに散りくる二月尽日   杉山やす子

<作品Ⅲ>

居間にても息が白いと笑う娘の住めるアパート端まで十五歩   小澤光子

わが叔母はある朝不意に命消ゆ子孝行なりと囃す人あり   吉良悦子

若き日は怒り押える日々なりき老いたる今は怒りを忘れる   北川けい子

デイサービスに姑【はは】遣りし朝の違和感は昼に気付けり朱【あか】い口紅   服部智

手術終へ顔面白き妹に命あること噛みしめて居り   酒井つた子

わがくらし閉ざす大雪晴れ上がりどこまでも続くか雪原あらわる   小原守美子

珈琲を呑みて帰ればゲラのありおひまなときにと書かれてをらぬ   井出博子