6月号の作品①

<作品Ⅰ>

点滴の四時間余り電子辞書に遊びてわれに知識増えたり   橋本喜典

かの春の大事といかに関はるや閉店つづく酒舎「かんとりい」   篠弘

わけもなく頬っぺたつねりしあの先生確かにヘンタイだったと思う   小林峯夫

孫五人曾孫五人の小嵐に五十回忌の斎【とき】のたけなわ   大下一真

二つ三つ不愉快のある蕎麦屋なれこの鴨南蛮【かもなん】にこころ注がむ   島田修三

四階の音楽室に行きしのみああパソコンに飼はれてゐたり   柳宣宏

母の血のRhマイナス母だけのものにて母とともに亡びき   三浦槙子

あかねさす朱のマーカーの行間を呉越同舟のふねはゆくらし   今井恵子

子を抱けぬ短き前肢かなしみて滅びゆきしか肉食恐竜【ティラノサウルス】   曽我 玲子

<まひる野集>

炭鉱の三池の港にきさらぎの氷雨は降れり昭和も遠く   加藤孝男

われの名をあまた記せし母の日記こころしぐるる日に読み返す   市川正子

後ずさりしつつ見上ぐる恐龍の肋骨【あばら】のすきに青みくる空   植木節子

休日の午後の独り居ABSANTの話題に飽かず独逸語講座   高橋啓介

八十九の母に付き添ふ独り身の息子の方が気がかりとなる   升田隆雄

やすやすと割り切れもせずに立つ素数といふは父のごとしも   柴田仁美

<マチエール>

早弁の臭いは満ちて教室を死に場所とする誰ひとりなし   染野太朗

われわれはひとりひとりであったので桜並木をぬけて別れる   山川藍

生あくびばかりの午後やこの春はどこの桜を見ようかと声   後藤由紀恵

われの背に親指ほどの痣のあり娘に見せる春疾風の夜   富田睦子

下を見て楽しかったという吾子の爪の中のクレヨンとれず   木部海帆

片陰る杉の根方にぷっくりと一叢の男ぜんまいありぬ   米倉歩

心太ひとりすすって雨上がり 明るさ清さ酸っぱさの良し   佐藤華保理

白雪姫へ向けられし義母の呪いなり 子のたて笛に彫られし旧姓   小瀬川喜井

三日後に書店に寄ればわが買いし『嵐が丘』の上巻の無し   加藤陽平

アル中の爺なり朝から楽し気にのみおればまあ死なしむるも良し   宮田知子

ま新しき月謝袋を頂けばよみ返りくる小さき花びら   大谷宥秀

春の子を孕みたる夢見し朝に白木蓮の昏く膨らむ   稲本安恵

勤労の意欲が高いと褒めちぎりし笑顔を見れば笑顔が好きだ   倉田政美

新しき手帳にすべるボールペン今日が私のイースターである   川嶋早苗

真っ白な半紙に「春」と書くように畑を覆う雪に土撒く   小原和