2月号の作品①
<作品Ⅰ>
帰り来ぬ人に帰れと呼ぶこゑのかへらぬ海に雪が降りゐる 橋本喜典
背を伸ばす姿勢となれり月面の赤らみてくる月蝕あふぐ 篠弘
失敗は頸をちぢめて遣り過ごすやはり亀かとおのれを思ふ 関 とも
漆壺に顔をつっ込むような闇たしかにここはふるさとである 小林峯夫
さみどりが枯れ葉となりて散るまでを半年と呼び人は忙しも 大下一真
くちびるを希伯来古【ヘブライ】人は渚とよび地下駅ふかくこゑの潮騒 島田修三
ひたすらに雪は白くて見てゐると痛くなるのは耳だけぢやない 柳宣宏
都庁舎のまどの明りがふつと消えまたふつと消え夜が濃くなる 三浦槙子
アリガトウゴザイマシタと園児らが親の手握りバスを降りゆく 横山三樹
心弱りてゐる日はブーゲンビリア色増して猛猛しくも池を占めくる 久保田フミエ
大切な刺子のカバーの座布団に手まりの如く犬が寝てゐる 井野佐登
隣り家もその隣り家も石蕗の咲きて初冬の光を分かつ 柴田典昭
走ればまだ間に合うだろう時刻表の赤い印を惜しみて仕舞う 今井恵子
風車の千の朱色に日の陰りひとつ回ればるるるとつづく 曽我玲子
<まひる野集>
新【あらた】しき年を迎へむとする手帳一心不乱に吟味すわれも 島田裕子
さかさまに板塀に動かぬ蟷螂の今日で三日目苦しかろうに 滝田倫子
早苗田の美濃街道を轟かすぼったりどったり百キロの糞 市川正子
いま一度何ができよう箱根よりことしの紅葉見よとメールく 竹谷ひろこ
猫といふさいはひ一つ椅子の上にありて眠れるまるき形に 麻生由美
ひととびに春の来てゐる楽器店ひかりまとひてホルンの並ぶ 小野昌子
追い越してゆける車のナンバーを語呂合せに読むバスの窓より 松浦美智子
衣を着せ厚く化粧をほどこせる祝辞は耳をすべりゆく風 寺田陽子
この秋にいつまで花をかかぐるや皇帝ダリヤは冬仕度せぬ 斎川陽子
白毛【びゃくもう】の鼻毛【びもう】刈り込む須臾さえもわが一生の還らざる時 高橋啓介
駅前の花舗のコスモス買い占めてわが卓上の小宇宙とす 齊藤喜美子
まねびたるわが名古屋弁六十年過ごせどいまだ旅人のごと 升田隆雄
五種類のもずくのありて歴然と売れる売れない差が顕わるる 中道善幸
全けき紅葉を待たずばつさりとポプラ刈られて唯に立つのみ 柴田仁美
油紙火のつくようにしゃべり出す電話のむこうの勧誘員は 岡部克彦