<十四人集>

日暮れには日暮れの音の起(た )ちはじめみな帰りゆく被災の街を   広野加奈子

眠れねば半ば自棄にてキッチンに南瓜煮てゐる丑三つ刻を   鈴木瓔子

無花果をバケツ一杯分けやれば小判より好きと隣りの奥さん   小野昌一郎

秋桜はしなしな揺れるしなしなと折ろうとしてもしなしな揺れる   佐伯悦子

<一月集>

雀ども稲に群り食べて居りセシウム一三七を御蔡【おかず】に   宇佐美スミ

山の家の二階の窓を開け放し従妹と寝ころび夏空を見き   鈴木智子

自が指の長きをぽつりと言ひましき一族みんな長くてね ええ   久我久美子

亡夫【おっと】への電話を留守と泰然と切りてつぶやく留守です永遠に   滝澤美智子

街並にきりんの首でもつき出せよ朝の車窓は昨日のまんま    長尾幹也

<作品Ⅲ>
再びは会うこともなき友ならん力込めたる握手は解けず   神保昇二

見慣れたる百日紅も手に負えず切ればポッカリ空に穴あき   伊藤務

大地震【なゐ】に延期せる師の米寿会果たせぬままに逝去の報あり   佐藤禮子


ひとりでに階下を北海道二階を九州と呼びてこの家に四十年住む   田邉百合香

どう見ても三十歳に見えぬ人化粧の所為か不思議に思ふ   小嶋喜久代

藁立てる腰をのばせばわが頭上快音たててパラグライダーとぶ   小笠原としゑ

古本の木箱をしまふ夕つ方のこる花梨に香のもどり来る   井出博子

年のうちにふたおや逝きし青年が犬の死を言うことば短く   清水和美