<まひる野集>


木犀のかおりのなかを出勤すわれよりやさしいわたしとなりて   広坂早苗

村を去る者を見送り立ちつくす火の見櫓は父の後姿(うしろで)   市川正子

ひと匙のプリンを食べてはは逝きぬ菜の花色は母おもういろ   滝田倫子

祖母の名はリスまた祖父は熊太郎谷地の田打ちて七人育てつ   小野昌子

季を分ける午後の陽ざしに窓越しの葉影揺れおり豊かなる午後   高橋啓介

生き生きと磯釣り談義をする人の仕草に見入るホスピスの午後   升田隆雄

レジに立つ女子社員らは歌うがに価格言いつつ品物移す   中道善幸


<マチエール>


夕暮れの早くなりたる淋しさに火の酒ずんと身体をくだる   後藤由紀恵

気がつけば黒子も3歳になっている生れし日にあり右足の点   木部海帆

フラミンゴの脚を折りたし愛し方愛され方のいまだわからず   染野太朗

癖のないまっすぐな足を並べおり年長組の全員リレー   富田睦子

雑談になればやにわに百年の眠りから覚め顔あげるあり   米倉歩

赤ん坊はやく見たいと母親に言われて猫の耳裏返す   山川藍

朝がまた沸騰している 束ねても束ねても尚乱れゆく髪   小瀬川喜井

人間はそれほど怖きものなのかわれを見つけしコウモリの顔   大谷宥秀