<作品Ⅰ>

スーパーに買い物をして六・四に分けて重きは妻に任する   橋本喜典

彩釉の獅子を見しより橋渡りネフェルティティに再会をせむ   篠弘

むし厚く深夜に目覚めシャワーしてついでに忘れていたる米研ぐ   小林峯夫

本当のナデシコは蹴ったり走ったりしないと老母が笑いつつ言う   大下一真

息とめて決裁書類を読みながら背を掻かむとす遠きかな背は   島田修三

波の音をぢいつと聴いてゐるうちにやつとどうでもよくなつてきた   柳宣宏

忘れゐし絆創膏をはがすなり造影剤を入れし腕より   三浦槙子

おーいしづかに鳴けよ ベランダの夫が桜の蝉にいふこゑ   久保田フミエ

当番医終へたる夜をコンビニへキャラメルアイス購ひに行く   井野佐登

無常にも万有引力にも遠く初秋落ちゆくひと葉見てゐつ   柴田典昭

ぼわぼわと蛍の湧ける裏川の草を刈らざり家刀自われは   曽我玲子


<二十一人集>

長年の職務を終へて夫の書く無職の文字に我はやすらぐ   坂田千枝


気がかりがありて眠りの天秤は揺れては戻るゼロの目盛に   小出加津代


被災者と言はるるにも慣れ日赤の家電セットを楽しみて待つ   鈴木美佐子


食べられて骨となりたる魚のごと鉄骨のこる海辺の街は   広野加奈子


黄のTシャツわたしに似合わぬ色なれど脱原発のデモに着てゆく   岡本弘子


かたかたと体重計の振れる音 慌てて降りる妻をあやしむ   矢澤保


勢いでしたような気がする結婚の動機だなんて忘れちゃったよ   伊東恵美子


病むたびに優しくなりゆく夫の顔まろまろとして父のごとしも   鹿野 美代子


ハンガーに干したるブラウス間をおきてつまらなそうにその袖をふる   関本喜代子


テラは京(けい) 億の一億倍のこと かかる単位の放射能撒く   横山千鶴子


風邪を孕むシャツの真白さ少年のまぶしき後姿(うしろで)ながく見送る   櫻井つね子


バス見ればバスに乗りたいと二歳児は空を見上げて雲に乗りたい   塙紀子


日本からの野菜の種をベドウィンは宝石のように両手にて受く   木本あきら


すばしこしわが胸さわり走りゆく男孫(おまご)ちかごろ油断のならず   飛田正子


被災地に明るく咲くや向日葵は 送りし残りの種ここに生ふ   平林加代子


ほ んにまあ膝の痛みにさからえずエレベーター捜す乗り換え駅に   飯田世津子