<十六人集>
吐き出せぬモヤモヤ十指の先端が重くてならぬピアノ弾きたし 岡本弘子
ポケットにありましたと洗濯屋から戻りしメモに「洗濯に出して」 矢澤保
「ただいま」と土足で上がる茶の間には観音竹がみどりを保つ 鈴木美佐子
瓦礫の山誰の家とも知らねども何万人の思い積る山 山口昭子
ゴム長の土を残さず落し終えふり返りつつ菜園を出る 佐々木剛輔
<作品Ⅱ>
「瀕死のペットのようになってます」日照りの畑で野菜の声がした 中沢隆
「生きていて良かった」と聞き二年後に言葉の自由さえも失う 守嶋美彌子
追い越して行く青年の歩に合わせバッグが尻をひたひたと打つ 小川佐和子
味噌を手にもぎたての胡瓜ボリボリと朝の畑に夫は食いおり 罇陽子
ベランダの柵の間を潜るとき黒蝶は羽を背に閉じいたり 斎藤冨美子
震災に剥がれしタイルの隙間より黒蟻のいづ隊列なして 阿部清
持物のすべてに氏名を記されて眼鏡の縁にも友の名を見し 阿部正淳
丸茄子の刺の産毛が夕つ方親父になってて可愛くないぞ 葛西ケイ
<十一月集>
かたくなに砂を吐かざるあさり貝息づきをらむ一生(よ)のきはを 久我久美子
まだ母のおむつの臭いがするようで夜半に両手を何度も使う 北川景子
蓑虫の糸切れてをり義妹はまぶたに青空とじて逝きしか 大野景子
地下出口に人らぱっぱっと傘ひらき花びらのごと群より分かる 長尾幹也
まだ上がいたかと減点一の子がぼうぜんと見る満点の子を 伊藤務
<作品Ⅲ>
自転車のタイヤに空気つめこんで一漕ぎすれば部屋に着きそう 小原和
お外にはお化けがゐるよと母親は泣く子の手を引き砂場を去りぬ 栗本るみ
問われても戦争当時の記憶なし遺児となりたる悲しみばかり 浅沼澄子
納骨の堂にひときわ華やげるピンクの壷に恩人祭らる 鈴木智子
キャンディを包むセロファン散るやうに思ひおもひの爪載る素足 柴田仁美
わが手より離れしホース暴れ出し水噴く先をカナヘビの逃ぐ 瀧澤美智子
いつよりを老と言へるや所作遅き夫と食べゐる豆腐のグラタン 須藤とも子
仏壇に花のあらぬを気にかけて杖つき父ははさみ手に出づ 中島まゆみ
わが畑の除染に蒔きし向日葵の大輪咲かせん今朝も水まく 宇佐美スミ
母死なば形見となるべき皿なども生きている母は勝手に捨てる 加藤陽平
すでに乗る歌人四人(よたり)つめくれて桔梗の束となりて帰り来 井出博子
シンデレラというあだ名に結露たまりたり一人抜け出す同期の集い 荒川梢