<作品Ⅰ>

盆栽村の文字つつましく石柱(せきちゅう)は佇みてをり森の入口(はひり)に   橋本喜典


この秋の講座に向かふ「やまびこ」のダイヤが戻る半年を経て   篠弘


あぶらこき芸術めざせと會津先生 国は敗北に近づきてをり   関とも

戦いのやみたる地平に倒れ伏す兵か並み伏すわれの杉たち   小林峯夫

一点を取れずに負けたるゲームまたひとつ重ねて六十歳なり   大下一真

お彼岸のぼた餅啖らふ昼さがり生死長夜(しやうじぢやうや)を越えにき父母も   島田修三

山茶花を見上げる子ども秋空へ爪先立ちて手をさしのばす   柳宣宏

先生は晴れ男なり雨止むとの予言当たりてあまた墓参す   横山三樹

おのがじし声を限りに鳴く蟬の一途やつひに他を入れしめず   柴田典昭

足元に日は差しながら暮れ行けり母の痛みを思い出すとき   今井恵子

ふかく倒す「のぞみ」の座席ハンカチを顔におおいて運ばれてゆく   曽我玲子


<まひる野集>


生涯に乳をしぼられて独りなるホルスタインの一生(ひとよ)をおもふ   加藤孝男

ホームより教室は見え日に向かふ木々のごとくにみな前を向く   小野昌子

福島を見にゆかねばと言う友にわれもうなずく慎みもなく   市川正子

いくつにぞならむと問へば真顔でばあさんですと言ふ三十乙女   島田裕子

しかと手をつなぎてやるに弟は攫われゆくや風の音する   齋藤貴美子