<十七人集>

病院のコンビニでけふは真青な海の色するボールペン買ふ   坂田千枝

閲覧室で読みし雑誌に口笛の吹き方のあり吹きつつ帰る   東島光子

かあさんと声をかければ目をあけて「ああたいくつ」と応えそうなり   飯田世津子

海はもう見えないけれど汐留のイタリア街に潮風が吹く   入江柚子

一日のめやすは凡そ五千歩ときめて往く道 小緩鶏の啼く   辻玲子

シャンプーの泡のやうなる花咲かせ百日紅が風に吹かるる   相原広子

<作品Ⅱ>

席を立ち譲りくれたる青年が吊り皮につかまり居眠りており   村田安代

それぞれの子らも嫁持つ親となり良く似た顔が写真に並ぶ   村松栄

郭公の四谷の山にこだまして飛行機一機音なく過ぎる   佐々木剛輔

<十月集>

切れかけの蛍光灯の点滅がわが町内の未来を照らす   仲沢照美

院内でたどり着きしは分娩室違う 私はトイレに行きたい   小原和

少女らの噂話は容赦なく「マナミ」の秘密をすべて暴きぬ   柴田仁美

日照雨(そばえ)降り一斉に駆ける人のなか狐の貌のおみなが混じる   大野景子

伸びをする少女はそのまま背中から羽が生えても不思議に思わぬ   倉田政美

木々の間をあてなく渡るクマゼミのいつまでも空へ消えずわたしも   荒川梢

<作品Ⅲ>

初生りの大きな茄子に触れてみる採るを惜しみて明日に延ばしぬ   福井詳子

新しいプリンターはもう買うまいと吾の時限をはかりつつ思う   石井清子

笑ふこと少なくなりし君の身の異変に気づく観劇の帰路   須藤武紀

天井を見つめて暮らす日々に聞こゆテレビの会話とスリッパの音   中島まゆみ

満月を四つにたたんでみるような自在なこともあるかもしれぬ   菊池理恵子

尾を立てて黒き野犬が路地をゆく門くぐるとき頭(かうべ)を垂れて   平下香奈