<十三人集>
本棚のまま流れ来しアルバムは誰かの軌跡届け終えたり 広野加奈子
坂下の街並くずれ流されて更地に雑草萌えはじめたり 星野みよ子
信じねば救はれぬかと思ひつつ原発事故の終熄を待つ 大内徳子
「オムライス」と大声に言ひし弟はいま透析に命を繋ぐ 益子はつえ
ベルならし歩道を自転車走りくるどなりつけんと思えどやめる 三宅昭久
たかが椅子されど回転椅子なればふり落とされて左肩折る 正木道子
<作品Ⅱ>
孫たちの壁に書かれし落書は高き背丈にのびのびとして 三浦伎世江
扇風機と片手団扇の日盛りに隣家の軒の冷房機唸る 橋本路水
「ほら見ていちごの絵の傘」二歳児のはずんだ声が受話器に届く 塙紀子
彩雲を写さんとして太陽を軒にかくしてシャッターを切る 雨海千恵子
地下足袋を履きたることのなきわれを明治の祖父は農と言わざらん 佐々木剛輔
<九月集>
飼犬は吠えて地震を知らすなり余震の度に律儀に吠える 横山利子
われのキャンパス四方(よも)に満つると決断し天(そら)にむかひて双手をあぐる 前田紀子
役人の怠慢であると夫の言ふわれ言ふ靴下脱ぎつぱなしと 柴田仁美
会館の硝子戸の前にしゃがみこみさしこむあかね空ごと磨く 荒川梢
ユニクロで再会するとは思わずにまとめ買いした靴下隠す 倉田政美
神経にゆとりがあれば原稿の文字もわざわざていねいに書く 加藤陽平
<作品Ⅲ>
これは風とことばにいえば頬撫でて風のゆくたび児は目を細む 生田目達子
照明がワアーッと当たるような午後雲を押し出し陽が座りたり 鈴木理恵子
道に転び左手首を折りてよりひたすら動く右手愛しき 田上郁子
私よりずっと上手に化粧した男の人を思わず二度見る 小原和
湿原のめだか、どじょうを驚かせ蛙おどかし木橋を渡る 服部智