十五人集


大空に向けて無数の手を伸ばす白木蓮の花がほころぶ   入江柚子


泥つきの長靴こそは貴重品明日も頼りと近くに眠る   広野加奈子


玄関のドアをおさへて空見上ぐ大地震(ルビ:なゐ)をよそに飛び行く白鳥   雨海千恵子


身ひとつに辿り着きたる東京の家にわが家と同じカレンダー見る   鈴木美佐子


避難する人らの列に揺れてゐるこころもとなき小さきあかり   大内徳子


塗り替へて春の車両となりにけり山陽電車海沿ひを行く   横山千鶴子


六月集


海に降る雨はたちまち海となる晩年といふはどのあたりなる   大野景子


買ひ占めの列に挟まれ並びたる吾はしんじつ米買ひに来し   柴田仁美


動物の心がわかると言ふ人に見詰められをり獣かわれは   久我久美子


停電に冷えた便座が毎日のぬくい生活教えてくれた   小原和


青空にそこだけ明るい山茱萸はブルーシートの屋根に散り初む   原田勝子


墓石も崩れしままに新しき花生けられて彼岸を迎う   武石博子


作品Ⅲ


見つめくる鹿の眼は静かなる真水たっぷり湛えて立てり   服部智


夜に濡れる路地が街路灯に映されて夢見る様なオレンジの果汁   巻珠桃


地震(なゐ)ののちも浮遊する街かしぎつつ電信柱は蒼穹(おほぞら)をさす   井出博子


ほんとうの労働時間はソフト部に所属の高校三年生ほど   荒川梢