五月集

夕暮れの街走りゆく赤犬は星条旗柄を首に巻きたり   西一村

「声」欄に投書のありぬアホウドリに恥ずかしくなき名前が欲しと   吉良悦子

私自身の笑った声で目が覚めたどれだけ愉快な夢だったのか   小原和

作品Ⅲ

歯科医師が小声で「よしっ」と呟けば私の治療は終りに近づく   小野喜美子

左手に添書されし年賀状麻痺の友より今年も届く   今井百合子

突然の雨にあひたり耳ぬれて訃報はいつも不意打ちをする   大野景子

ピンヒールに駆け出す娘の危さの駅に消えゆくまでを見送る   服部智

個室とはいへども境の壁薄く「象さん」の歌百回も聞く   原れん子

ロビーにて献血叫ぶ日本赤十字社(にっせき)のポケットティッシュ両手に受けぬ   小嶋喜久代


銅鑼太鼓爆竹響く中庭で食わるるを待つ山羊の喉笛 大葉清隆


バリトンの美声の歌手は我の為夕暮れに唱う愛執のロミオ  巻珠桃

ええいつも空(す)いてゐますと店主(あるじ)笑みて柱時計におともどり来る   井出博子