自分はひねくれた人間である。
脳出血発症後、そんな自分を忘れていたかもしれない。
「不自由と不幸はイコールじゃない」と言われればそうかと思い。
障がい者となった当時、何かにすがりたいと思っていたらしい。iphoneでインターネットを漁っていた。
「障がいを受容しなければならない」そうか。受容しよう。認めたくないけど認めよう。
そんなインスタントな考え方をしていた。
自分で考えるのは苦しい。当時はそんな体力は無かった。
今、障がいについて再び考える事が必要なんだろう。
確かに不自由と不幸はイコールではないが障がいが受容できないと不幸である。
障がいを受容するためには、不自由な中で出来る事で新しい価値観を生み出し自信を持つことじゃないかと今は考えている。
自分に自信が持てたとき「不自由と不幸はイコールじゃない」と言いたいと思う。