===============================

===============================

クレーム等、一切の否定的なご意見は受け付けません。

ご了承頂ける、心優しい方のみ、下記をご覧ください。

===============================

===============================

 

読者登録してねどくしゃになってね!どくしゃになってね…

 

こんにちは、荒木真浩です。



今回はリクエストがありましたので、それにお応えします。

「見る」と「観る」の違いについてです。


はい。それでは、話しますね。

気合いを入れて頑張りますから、

どうぞ、気楽にお付き合い下さい。


一方にあって、一方にないものがあります。

それが「見る」と「観る」の違いになります。


それは、思いやりです。


「見る」には思いやりがなく、

「観る」には思いやりがある。

思いやりの別名は愛です。


なので、


今日の出来事の何か一つを思い出して、

「そこに愛があっただろうか?」と、

振り返ると、「観る」への理解が深まります。


その時には、分からなくても、

振り返ると、分かることもあります。


「あの時は、なんで怒りっぽかったのだろう?」

「あの時は、寂しかったんだろうなぁ。」

「今、こうして思える事は自分も成長したなぁ。

昔は、そうは思えなかったからなぁ。」


なんて、心温まったりします。


愛は温泉のようなもので、

浸かると、凝り固まった思考が絆され、

自分の手が首にある事に気づきます。


手は心を映しています。

あの人素敵だなぁ。と思った人の、

手を見せてもらって下さい。


嫌がる人は多く、いないものです。

もちもちしていたり、

お手入れされていたり、

温かかったりしています。


そういった、気づきが得られます。

観察すると、思いやりの心で接すると、

気づきが得られるようになっています。


神さまからのプレゼントです。

僕らは、有り難く頂戴します。


頂戴した気づきは、使うか分けるかします。

そしてその思いやりから、また新たな気づきを得られます。


そういう造りになっています。

造りの逆を行こうとすると、とても疲れます。

それは違うよ。ってことなのです。


違うことを違うと認められたら、

その瞬間、楽になってる事に気づけます。


心身というものは、

優先順位を知っていて、

自覚は後からやってきます。


楽を選んで良いんです。


このお話は、事実を基にしたフィクションです。

映画のようなものだと思って頂いて構いません。


本当か嘘かよりも、

(そんな難しいこと分かりませんよ。笑)


面白いとかね、楽しいとか。

思って頂けたら、頑張った甲斐がありました。


はい、今日はこれで終いです。

ありがとうございました。


~おわり~

 


※真剣な感想が聞けると、すごく嬉しいです。

あなたの感想を待ってます。

 

<心からおすすめ>

BodyTalk 公式HP

 

読者登録してね どくしゃになってね!どくしゃになってね…