売春捜査官ヒストリア | 続あたれぽ

売春捜査官ヒストリア

熱海の浜辺で長崎は五島列島出身のブスの女工・山口アイ子を同郷の工員・大山金太郎が絞殺したチンケな殺人事件を、東京・警視庁の伝説の部長刑事・木村伝兵衛と彼の愛人の婦警・ハナ子(水野朋子)、そして富山県警から赴任してきた刑事・熊田留吉が捜査して、大山を立派な犯罪者に育て上げ死刑台の十三階段を昇らせる。

つかこうへいの代表作『熱海殺人事件』は、様々なバージョンがあることで知られており、また様々な劇団が現在も上演しつづけていますが、現行稼働しているのはだいたい4バージョンと思われます。

1.劇団つかこうへい事務所解散前のほぼオリジナルのもの

2.つかの芝居復帰後、木村と水野の恋愛がクローズアップされ、アイ子の売春が付け加えられた「永すぎた春」(のち「ザ・ロンゲストスプリング」)

3.部長・婦警・犯人・被害者いずれも元オリンピック選手で、ゲイ、じゃなくて「You! バイセクシャルです」の木村には愛人(新任刑事の兄)を殺した嫌疑がかかっている、ってだいぶややこしいが『いつも心に太陽を(ロマンス)』が織り込んである「モンテカルロイリュージョン

4.部長刑事が女性で、部下はゲイで、大山の先輩で在日の李大全と幻の花の謎に挑む「売春捜査官

うちのTLに流れてくる公演情報を見ると、男が主演ならザ・ロンゲストスプリング、女が主演なら売春捜査官というのが多いです。オリジナルは現在だと大山の殺意を納得させるのが難しく、モンテカルロは阿部寛ありきというのを置くとしてもやたら歌うので権利関係が面倒くさそうです。

さて、この現行の『売春捜査官』は、1996年5月、大分市つかこうへい劇団によって初演されましたが、そこに至るまでにタイトルが同じで内容が違うものと、内容が同じでタイトルが違うものが存在するというお話を書きます。





1980年(1976~1982年)


『売春捜査官』誕生の発端は1980年秋、新作『蒲田行進曲』の稽古場でした。

根岸によると、このときつかは遊び半分で、女性版「伝兵衛」の『熱海殺人事件』や、『蒲田行進曲』の劇中劇として「沖田総司」の芝居を作ったりしたという。のちにこれが、それぞれ『売春捜査官』『幕末純情伝』などのタイトルで、作品として成立する

長谷川康夫『つかこうへい正伝 1968-1982』(新潮社) p.498



『仮名手本忠臣蔵』のスピンオフ『東海道四谷怪談』が初演で忠臣蔵の幕をはさみながらやった みたいに、『蒲田行進曲』と『新選組魔性剣(こと幕末純情伝)』をまぜこぜにして上演しても面白いと思うんだけど(5時間くらいか)……閑話休題。


そもそも『蒲田行進曲』というタイトルでつかこうへいが構想していた(つかはだいたいタイトル先行だそう)のは現在のストーリーではありませんでした。



私に『蒲田行進曲』のヒントを与えてくれたのは、年老いた女優が自分宛てのファンレターを書きつづけるというビリー・ワイルダー監督の『サンセット大通り』でした。
それをいつか日本の松竹蒲田撮影所に移し変えて書いてみたいという思いが、いつしか銀幕の魅力にとりつかれたスターさんや大部屋俳優たちの物語に変わり、舞台も東映京都撮影所となり、内容も『太秦ラプソディー』とでも呼ぶべき作品になってしまいました。

映画『蒲田行進曲』パンフレットより



サンセット大通り - Trailer (Trailerと言いながら全然予告編ではないが)


『サンセット大通り』で鍵になる劇中映画の企画は「サロメ」で、



つかこうへいも1978年6月に西武劇場(現・PARCO劇場)でロックオペラ『サロメ』を上演しておりますね。もっともパルコ側からの持ち込み企画のようですが。

最初に『蒲田行進曲』のタイトルが出たのは、『つかこうへい正伝』によれば、1976年3月の紀伊國屋ホール『熱海殺人事件』公演において「11月公演予定 =待望の新作書き下ろし= 『蒲田行進曲』」というチラシが撒かれたとのことです。が、これは実現せず、11月には『熱海殺人事件』を上演。

その2年半後、『サロメ』公演後には、次の西武劇場公演として老女優物『ヴィヴィアン・リー物語』をやろうと考えていたらしい。ストーリーのイメージができたらしくタイトルは蒲田を捨てています。ヴィヴィアン・リーは言うまでもなく『風と共に去りぬ』のヒロイン、スカーレット・オハラ役の女優で、『風と共に去りぬ』の主題曲「タラのテーマ」は『熱海殺人事件』で大山金太郎が客席から「マイ・ウェイ」を歌いながら登場した後舞台に登壇する際にかかるBGMで、「タイトルがこう画面いっぱいにゴーン・ウィズ・ザ・ウィンドと出て」等と説明までされます。



これも実現せず、代わりに『いつも心に太陽を』(新作)を上演。

さらに2年半経ち、今の『蒲田行進曲』完成後の1981年3月、新作『寝盗られ宗介』公演では翌年9月新作『ヴィヴ』の出演者募集が告知されています。
これも実現せず、1982年9月と言うと、なんということでしょう、劇団つかこうへい事務所解散公演として『蒲田行進曲』が3ヶ月ロングラン上演されています。

(ここまでの公演や告知関係の話は『つかこうへい正伝』を参考にしました。)


この悲願とも言える老女優の物語がつかこうへいを演劇に引き戻します。


1989年


1989年1月、シアターサンモールで上演された『今日子』は、往年の大スタアで今は落ちぶれた老女優・岸田今日子(ていう設定)を描く芝居で、これでつかは演劇界に復帰すると同時にようやく『サンセット大通り』にケリをつけました。

演劇集団円特別公演『今日子』
1989年1月22日~2月24日 シアターサンモール(18日に紀伊國屋ホールで公開ゲネプロ)
作・演出 つかこうへい
出演 岸田今日子、北見敏之、立石涼子、山崎健二、塩見三省、木下浩之、伊東みな子、麻生美衣、野口早苗、大嶋陽子、中條彩恵子、原千晴、三谷昇


と、言いつつ、その『今日子』の戯曲が収録されている1989年1月発行の白水社『つかこうへい戯曲・シナリオ全集』第三巻の巻末広告をご覧ください。



「第四巻 広島に原爆を落とす日/*愛人刑事/*ビビアン・リーの生涯/他 *印未発表作品」
ビ、ビビアン? 老女優の物語って『今日子』とはまた違うの!?

この第三巻、私が持っているのは1991年3月発行の第二刷なのですが、帯裏の広告はこうです。



「[第四巻収録予定作品]出発/広島に原爆を落とす日/つか版忠臣蔵/嫁ぐ日'84/その他」
ビビアンどこ…、その他か…。

そして結局1996年11月にやっと出た第四巻は



「戯曲◎出発/幕末純情伝/飛龍伝'94―君は戦場、僕は恋/熱海殺人事件―傷だらけのジョニー/熱海殺人事件―モンテカルロ・イリュージョン シナリオ◎つか版忠臣蔵」
最初の広告の作品、1本も載ってないやん!(「傷だらけのジョニー」は「ザ・ロンゲストスプリング」のことです。)

…これがつかこうへいだ。

さて、その最初の広告にありました未発表作品の『愛人刑事』ですが、こちらは『今日子』公演中、書店に並んでいた角川書店『野性時代』1989年1月号に小説が掲載されています。



つかこうへい『愛人刑事(デカ)』


単行本は1989年4月、カドカワノベルズ

実はこれ在日朝鮮人が主人公の『広島に原爆を落とす日』の続編なんですが、



今回そこは関係ないので割愛します。
この主人公の女刑事が捜査のために売春しています。

(実はつか作品ではヒロインが結構(広義の)売春をしているので、これ何か考察しても面白いかもしれません。)


8月、『蒲田行進曲』の稽古場で試していた沖田総司の芝居が『幕末純情伝 ~黄金マイクの謎~』としてPARCO劇場で上演されます。
原作小説が前年に発表されており、昨年亡くなった演劇ライターの山田ちよ氏 によれば、1988年10月に行われた『今日子』の公開稽古で既に新選組と坂本龍馬の芝居をやっていたとのことです。
⇒ つかこうへいが戻った日: 捨てられない演劇資料から

『幕末純情伝 ~黄金マイクの謎~』には、円から平栗あつみ、塩見三省、木下浩之、山崎健二、大嶋陽子らが引っ張られますが、さらにオーディションで新人を2人採用しました。その一人が鈴木聖子です。


鈴木聖子(すずき しょうこ)
『幕末純情伝 ~黄金マイクの謎~』(1989、1990年)では、土方歳三(塩見三省)の妹の新選組隊士を演じ、沖田総司(平栗あつみ)から労咳をうつされるも恨むことなくマイクを握ってWinkの「愛が止まらない ~Turn It Into Love~」を歌いながら死んでいった。




1990年


つかは6月に紀伊國屋ホールで『熱海殺人事件』を復活させます。

『熱海殺人事件 オン・ザ・カントリーロード』
部長 塩見三省、岡森諦
刑事 春田純一、岡森諦
婦警 平栗あつみ
犯人 酒井敏也
歌 長与千種

部長と刑事がWキャストで3パターンでのほぼオリジナル版の上演で、この時には山口アイ子は売春していません。


この年の秋、『愛人刑事』がシナリオ化されました。元々「戯曲・シナリオ全集」収録予定作品ですからね。

白水社『しんげき(新劇)』1990年11月号


シナリオ「売春捜査官 hard version」

「売春捜査官」というタイトル初お目見えでございます。


が、内容は『愛人刑事』です。
「hard version」というのは、テレビドラマ用のシナリオなのにちょっとお茶の間に届けるのは無理というセックス描写等が盛り込まれているのですね。
しかしこれは実際にドラマになっておりまして、それが『売春捜査官マイルド』です。

1990年12月7日深夜 TBSテレビ
金曜スペシャル【これから有名になる演劇人ドラマ】『売春捜査官マイルド』
原作 つかこうへい
脚本 つかこうへい、高橋いさを
演出 岡村俊一
出演 筧利夫、森永奈緒美、春田純一、池田成志、木下浩之、川嶋秀明、岡元次郎、久松信美
制作 Cカンパニー、TBS
⇒ 売春捜査官(1) マイルド - ドラマ詳細データ - ◇テレビドラマデータベース◇
⇒ なんつ~か。「売春捜査官マイルド」

とりあえずネットで拾ったけど少々情報が錯綜してます。
私も録画してあるのでそれを確認すればいいのですが、もちろんビデオテープ出て来ません。『愛人刑事』とか『しんげき』とかも持ってますがダンボールから見つけていないので、後で出て来たら細かいところを修正するかもしれませんが、大筋は大丈夫です。

どこら辺が「マイルド」かと言いますと、ベッドシーンが喘ぎ声等の台詞はそのままで絵は歯医者の描写になってたりします。「ほらほら、ここをこうしてほしいんだろ」「あんっ、らめぇー」とかそういうのです。(記憶で書いています。)
「ハード」が存在することを知らないといきなり「マイルド」と言われても何だかわからないという、完全につかファンの方を向いた企画ですね。


cf:煙草の「マイルド」


1991年


気になるのはテレビドラマデータベースの「(1)」で、データベース上では「(2)」があることになってます。

『熱海殺人事件 - 売春捜査官2(熱海温泉旅館殺人事件)』
⇒ 熱海殺人事件-売春捜査官(2) - ドラマ詳細データ - ◇テレビドラマデータベース◇

これがわからない。これ見てないでしょう。
製作は1991年、おそらくTBS先行、MBSでは1992年5月18日深夜に放送とのこと。
しかしタイトルからしてあやふや。
ドラマ自体は実在したようで、出演者の阿南健治さんは今現在もみずから管理するホームページ で「温泉旅館」の方のタイトルを上げています。役柄は「犯人一味役と子鳴きじじい役」。なんだそれは。
RUPなんかが過去作品で残しておいてくれればいいのですが、あそこ演劇しか書いてなくて。いや岡村さん『代紋PART2』とかは面白かったですよ。

売春捜査官と熱海殺人事件が結びついたという意味で非常に重要な作品ですが、ミッシング・リンク、詳しい調査を待ちたいところです。あ、自分でやらないんだ。(やるならまずは新聞のテレビ欄あたりから)


1992年


無事に映像化を果たした『売春捜査官』こと『愛人刑事』でしたが、そもそもハードバージョンを書き上げたつかは飽き足らなかったらしく、仰天の計画をぶち上げました。



ポルノ映画化!(Vシネ) ヒロイン公募で審査員はオレ一人というと、『今日子』でオーディションで服を脱がせて乳の形が悪いから使えないと言った監督(塩見)を彷彿とさせますが、御存知のようにこの計画はその後進展せず、つかポルノは現存していません。
3本予定していたということですが、1997年に★☆北区つかこうへい劇団で『何処へ アダルトビデオ青春記』という芝居が上演されているので(つかは「作」のみで、「構成・脚本・演出」は蓮見正幸)これなんかこの時の1本かもしれません。観たけど内容全然覚えてません(と書くと資料が出て来そうな気がする)。


1993年


この間にも『熱海殺人事件』は部長を池田成志、犯人を山崎銀之丞に変えて上演されつづけていました。
おそらく池田成志の1991年版からが山口アイ子の売春が入っている「ザ・ロンゲストスプリング」になるのではないかと思います。山崎銀之丞は1992年に上京して来ました。

この年の4月から11月まで両国・シアターX(カイ)において、つかはなんと8ヶ月もの『熱海殺人事件』のロングラン公演を行います。名付けて『熱海殺人事件・エンドレス 勝ち抜き演劇合戦』。
前年にはそれに備えてオーディションを行ったようですが、新人俳優が入ってくることはありませんでした。



この公演で新たに登場するバージョンが「モンテカルロイリュージョン」と「妹よ」です。



つかこうへい・奥様劇場『熱海殺人事件 妹よ』
1993年10月1日~15日 シアターX
作・演出 つかこうへい
部長・木村伝兵衛(朝倉の妹) 鈴木聖子
部下・朝倉万吉 及川以造
刑事・舟木一夫 鈴木鉄馬
犯人・大山金太郎 山崎銀之丞
歌 若林ケン

妹と言えば、木村伝兵衛部長刑事には溺愛する妹のマリコさんがいるという設定があり、「妹よ」はそっち系かと思っていたらまったく違う話で、冒頭に及川以造が部長刑事と思わせといて実は妹の鈴木聖子が木村伝兵衛だった!というややこしいギミックがあるのですが、後は幻の花を目印に先輩が東京駅で待っているという…要するに…

「売春捜査官」のストーリー誕生でございます。

「妹よ」は再演もなく(地方公演があったようです)、戯曲も売ってなかったと思うので、ほとんど何も書けませんが、在日設定ではなかったと思われ、『売春捜査官』でアリランと呼ばれる花の名前はこちらではハイドンです。
そして『売春捜査官』の主題歌と言えば「恋しさと切なさと心強さと」ですが(「南から来た用心棒」の代わり)、こちら1994年7月21日発売ですから、「妹よ」では使ってません。「南から来た用心棒」の後、歌は若林ケンの「なぜか上海」。



貼った動画は「モンテカルロイリュージョン」PARCO劇場の98年版だと思いますが、シアターXの「モンテカルロイリュージョン」初演では『すてきな16才(Happy Birthday Sweet Sixteen)』を歌ってました。少なくともPARCOの95年まではこれだと記憶しておりましたが、若林ケンさんによるとシアターXでは「なぜか上海」「すてきな16才」「よろしく哀愁」を歌ったとのことなので…、いや思い出せません。それぞれのバージョン2回ずつは見てると思いますが、歌が毎回違うとかはなかったと思います。「ザ・ロンゲストスプリング」は山崎が「マイ・ウェイ」歌ったんじゃないかなあ。






1995年


4月、前年に創設された★☆北区つかこうへい劇団に第二期生として吉田智則が入団して来ました。

10月、大分市つかこうへい劇団が創設され、第一期生として由見あかり、戸田禎幸、田中竜一が入団しました。


1996年


いよいよ具体的に芝居づくりが始まったところで書くこと(資料)が何もないまま、

大分市つかこうへい劇団旗揚げ公演『売春捜査官』
1996年5月10日~15日 大分コンパルホール
作・演出 つかこうへい
部長・木村伝兵衛 由見あかり
刑事・熊田留吉 田中竜一
部下・戸田禎幸 戸田禎幸
犯人・大山金太郎 吉田智則




『売春捜査官』完成でございます。





東京では7月25日~31日にシアターXで照明・音響なしの公開通し稽古が公開されました。確か往復はがき応募で無料だったと思うのですが(メールじゃないと思う)、私が生つかこうへいを見た最初で最後です(たぶん3回行ってるが)。


1997年


8月、『売春捜査官―東京』を紀伊國屋ホールで上演。

翌年も同公演あり、その後は1999年8月の

つかこうへい北海道演劇セミナー東京特別公演「売春捜査官 札幌旅情編」(紀伊國屋ホール)

くらいまでしか自分メモに残ってません。





去年久しぶりに春田純一演出のものを見ましたが、ストーリー的には大分版そのままのようでした。
今回調べたらその後も改訂はつづいており、黒谷友香の最新版(2007年)では『愛人刑事』に先祖返りしてるみたいなのが興味深いです。
⇒ つかこうへいインタビュー掲載!! つかこうへい2本立て『ヒモのはなし』『熱海殺人事件~売春捜査官』特集|e+ Theatrix!
つか「主人公は売春をやっていて、父親が内閣総理大臣の女刑事」

実は大分版はラストで売春組織への潜入を命じられる「売春捜査官誕生編」で、劇中は売春してません。「バージンです」とまで言い切ってます。むしろ「モンテカルロイリュージョン」の阿部ちゃんの方が二丁目の売り専のゲイバーで客から寝物語に証言を取って来てますから売春捜査官の先輩ですね。


1998年


アメリカで映画化。





『売春捜査官』 Strip Search
監督 ロッド・ヒューイット
出演 マイケル・パレ、モーリー・チェイキン、ルーシー・ローリア、キャロライン・ネロン、パム・グリアー
原題は刑務所の身体検査のこと。
製作は1997年、日本でのビデオリリースは7月10日(DVDは8月4日)。

いやもちろん関係ないのですが、ビデオ屋がタイトルあやかるくらいには業界に浸透してたということでオマケ情報でした。


2001年


3月、大分市つかこうへい劇団解散。