『大日経』住心品より 世間の八心(順世の八心) 種子

祕密主、愚童凡夫の類、猶し羝羊(ていよう)の如し(。/如くなれども、)或る時に一法の想生ずることあり。謂わゆる持齋なり。彼れ此の少分を思惟して歓喜を発起し、数数に修習す。秘密主、是れ初めの種子の、善業の発生するなり。

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さらに、秘密主よ、牡牛(paśu)に似た異生凡夫たちに、あるとき、良き想い(dharma-saṃjñā)が生じる。(すなわち)持齋(upoṣadha節食)を行うべきだ、とただそれだけを考えて、満足を起こし、くり返しそれに努める。秘密主よ、それが善き行いが生じるための種子(bīja)のような、第一の心である。

 

『大日経疏』第二 

次明最初順理之心。順(594c0312即是世間八心也。經云。祕密主。愚童凡(c04夫類。猶如羝羊。或時有一法想生。所謂持齋。(c05彼思惟此少分。發起歡喜。數數修習。祕密主。(c06是初種子善業發生13者。羝羊是畜生中。性最(c07下劣。但念水草及婬欲事。餘無所知。故順西(c08方語法。以喩不知善惡因果愚童凡夫14也。世(c09間從久遠來。展轉相承有善法之名。然以違(c10理之心。種種推求而不能得。後時欻然自有(c11念生。我今節食持齋。即是善法。然猶未是佛(c12法中八關戒也。彼由節食自15戒故。即覺縁務(c13減少。令我飮食易足。不生馳求勞苦。爾時即(c14生少分不著之心。其心歡喜而得安穩。由見(c15此利益故。數數有修習之。即是最初微識善(c16)惡因果。故名種子心也。

 

次に最初、順理の心を明かす。順[理]は、即ちこれ、世間の八心(凡夫の善心)なり。

 

八心とは、種子、芽種、疱種、葉種、敷華、成果、受用の種子、無畏(嬰童)心をいいます。あたかも植物が種子から次第に生長(成長)し、果実を結ぶ等の過程をたとえとして、世間の道理にしたがって心が悟りに向かうありさまが示されます。

 

(中略)羝羊は、これ畜生の中に性(せい)最も下劣なり。但だし水草(の事 = 食欲)及び婬欲の事を念じて、余は知る所なし。故に西方の語法に順じて以て、善悪の因果を知らざる愚童凡夫に喩うるなり。

 

これは、十住心の体系の、第一・異生羝羊心に配当されます。

 

世間に久遠より來(このか)た展轉相承(ちんでんそうじょう)して、善法の名あり。然(しか)も違理(= 道理に反する)の心を以て、種種に推求(すいぐ)すれども、得ること能わず。後、時に欻然(こつねん)として、自ずから念(= 法の想)、生ずることあり。我れ今、節食(せつじき)持齋(じさい)せん、と。即ち是れ善法なり。然れども猶おし未だ是れ佛法の中の八関戒(= 八斎戒)にはあらず。彼れ節食し自戒するに由るが故に、即ち縁務(えんむ)減少にして、我れをして飮食(おんじき)足り易く、馳求(ちぐ)の勞苦を生ぜざらしむと覚(さと)る。爾の時に、即ち少分不著の心を生ず。其の心、歓喜して而も安穏なることを得。此の利益を見るに由るが故に、数数に之を修習することあり。即ち是れ、最初に微しき善惡の因果を識るが故に、種子心と名づく。

 

人の生き方は、あるとき、ふと、内外の状況を機縁として、良き方向に変わることがあります。飽食・過度な欲望に従うことに反省を加え、生活を正しくととのえ、少しなりとも、他者のために役立ちたい。それが自らの喜びともなって、善心の芽生えとなります。善き行いが生じる第一段階は「種子のような心」といわれます。

 

大師は、それを無自性の教理を裏付けとして語ります。『秘蔵宝鑰』上巻「夫れ禿なる樹、定んで禿なるにあらず。春に遇うときはすなわち栄え華さく。増れる氷、何ぞ必ずしも氷ならん。夏に入るときはすなわち泮け注ぐ。穀牙、湿を待り、卉菓、時に結ぶ。(中略)定れる性なし。人何ぞ常に惡ならん。縁に遇うときはすなわち庸愚も大道を庶幾い、教に順ずるときは、すなわち凡夫も賢聖に斉しからんと思う。羝羊、自性なし、愚童もまた愚にあらず。」