私たちが、いまなお篤く信仰し、さまざまな願いを抱き、その利益を求めて参拝する天部の神々のほとんどは、元来古代インドの神々であり、仏教に導入された時期によって、初期・中期・後期に分けられる、といいます。
天部の神々を初期・中期・後期の三期に分類する発想は、頼富本宏先生にあり、一般向けの図書ですが、『天の仏像のすべて』に収載される記述にです。「仏教パンテオンの構成」『宗教研究』第62巻第1輯1988を参照して、簡潔にまとめておきます。今後、天部の神々を考えるうえで、ひとつの足掛かりとなりますように。
その天部の神々の多くは、仏教、すなわち仏・釈尊、そしてその教え、寺院、そして仏教を信仰する者たちを護持・守護する役割として導入されました。そして護持・守護ということの中には、利益・功徳を与えるという職能も有しています。
初期の天部は、古代インドの宗教・バラモン教の段階で仏教に取り込まれた神々をいいます。その代表が、四天王、帝釈天、梵天、です。さらには仁王(金剛力士、執金剛神)、阿修羅、そして阿修羅を含む天龍八部衆等が含まれます。
四大王衆天:欲界第一天。須弥山の中腹、その四方を守護する東方の持国天、南方の増長天、西方の広目天、北方の多聞天は、その四大王衆天の代表格。須弥山頂上の欲界第二天・忉利天(= 三十三天)に住む帝釈天に仕え、共に仏法を守護します。梵天:色界初禅(三天)に住む神々。それぞれ固有名詞をもって呼ばれるといいます。釈尊成道後の釈尊に説法の要請(梵天勧請)を行ったのは、梵天サハンパティ(Brahma Sahampati)と呼ばれ、おそらく彼が、梵天界の代表者(大梵天)だったのでしょうか。まずこの三種の天は、仏教の欲界・色界、そして無色界の三界に配列されます。
天龍八部衆:初期仏典にも、しばしば、セットで言及され、諸天の神々ともに釈尊の説法を聞く者として登場するときもあります。「佛説此法時八萬四千(Vol.1, 81b27)諸天遠塵離垢得法眼淨。諸天・龍・鬼神(= 夜叉)・[乾闥婆?]阿修(b28)羅・迦樓羅・眞陀羅(sic.)・摩睺羅伽・人與非人聞(b29)佛所説。歡喜奉行」佛陀耶舍譯 竺佛念譯『長阿含經』No.1.
執金剛神:金剛杵(vajra)を執って、仏・釈尊を護衛する、鬼神yakṣaの一種。
鬼子母神:パーンチカ(Pāñcika半只迦)の妻。訶利底母(Hārīt)とも呼ばれる。その夫婦は数百人の子ども(一説によると500人)を抱くとあり、鬼子母神が仏教に帰依したときの逸話は有名です。「佛言訶利底五百子(vol.24,362b11)中。一子若無有何所苦。答言世尊。我若今(b12)日不見愛兒。必吐熱血而取命終。佛言訶利(b13)底。五百子中不見一兒受如是苦。況他一子(b14)汝偸取食此苦如何。答言此苦倍多於我。」云々。義浄訳『根本説一切有部毘奈耶雜事』No.1451.
パーンチカ・ハーリーティー坐像、子を伴う鬼子母神の像はガンダーラにおいても作成されています。
中期の天部は、古代インドの宗教・バラモン教が民族宗教としてヒンドゥー教化していく段階で、仏教に取り込まれた神々をいいます。その代表として、『金光明経』に(新たに)登場する吉祥天、弁才天をはじめとする数多くの神々を挙げることができます。薬師如来の眷属としての十二神将(十二薬叉大将とも)も中期の天部に含まれるようなのですが、中期の天部の特徴として、女神(devī母性・女性性の神)の台頭があるということが指摘される必要があるようです。
後期の天部は、とくに密教へと取り込まれた神々をいいます。その基準となるのは『陀羅尼集経』で、その巻第十には、摩利支天、功徳天、巻第十一には、従来の四天王、大梵摩天、帝釈天とともに、摩醯首羅天(大自在天。伊舎名天は欲界第六天・他化自在天の主)、日天、月天、地天、火天、焔摩檀陀、水天、風天、一切羅刹など十二天を形成する神々の名も認められます。
その他、大黒天、韋駄天(伽藍の守護神)、歓喜天なども、後期の天部に含められるようです。
未だまったく不安定な記述ですが、ひとつの足掛かりとして注意して参照していただければと願います。本日、護摩供で十二天に対するご供養をも行いました。それにちなんでの投稿でした。