必要があって、「幻化網タントラ(Māyājāla-Tantra)」(『ウィキペディア(Wikipedia)』)を検索しました。詳しい記述の中に、「「瑜伽タントラ」である『真実摂経』(初会金剛頂経)から、「無上瑜伽タントラ」の嚆矢である『秘密集会タントラ』への、すなわち「中期密教」から「後期密教」へと至る過程の、中間的・過渡的・橋渡し的なタントラとみなされている。」とある一方、「また成立時期を『秘密集会タントラ』の前とするのか後とするのか、その位置付けを巡って異論・論争もある。」と記述がありました。後者の注記[12]として、田中公明氏「『金剛場荘厳タントラ』の成立とインド密教史上における位置」『東洋文化研究所紀要』 東京大学東洋文化研究所, 152巻が記載されています。「無上瑜伽タントラ」は私の守備範囲ではありませんが、『金剛場荘厳タントラ(Vajrama alālakāra)』は『理趣経』の類本の一本(『理趣広経』の異本とも)でもあり一読いたしました。詳細については繰り返し拝読しなければなりませんが、『理趣経』についても、近くブログに取り上げようと予定している私にとって必要な記述だけは忘備録として抜き書きしたのが、以下のものです。

 

『金剛場荘厳タントラ』を、『十八会指帰』における第七会「普賢瑜伽」(それは、第六会「大安楽不空三昧耶真実瑜伽」に後続する)とすることには無理があること、です。それは第七会の記述は、『理趣広経』のチベット訳のみに存する「真言分」の前半部分に対応がみとめられるからです。

 

『金剛場荘厳タントラ』は、基本的に『理趣経』系の瑜伽タントラに属するのですが、初期の後期密教聖典(すなわち無上瑜伽タントラ)である『秘密集会』や(最初期の母タントラとされる)『サマーヨーガ』を参照している箇所が見受けられます。ですから、瑜伽タントラの聖典についても、初期・後期の分類分けが必要となります。まずインド密教の歴史全般については、以下のようです。

 

インドの密教は、8世紀から9世紀にかけて劇的な展開を見せます。7世紀の時点では、三部立ての組織、すなわち仏部・蓮華部・金剛部の分類をもつ初期密教の儀礼・印言・尊格体系を整理統合し、体系化した『大日経』(『大日経』は、行タントラに配属されます)が有力でありましたが、8世紀に入ると、五部立ての組織(三部に宝部、羯磨部を加える)をもつ『金剛頂経』系(『初会金剛頂経』は瑜伽タントラの根本聖典です)が大発展し、インド密教の主流を占めるようになります。さらに9世紀に入ると、『金剛頂経』系の中から『秘密集会』『サマーヨーガ』などの無上瑜伽タントラが発展し、インドは後期密教の時代に入る、という歴史観です。

 

真言密教は、『大日経』と『初会金剛頂経』、そして第六会の『金剛頂経』とされる『理趣経』を中心として教理体系化されています。

 

瑜伽タントラを初期・後期に分類する場合の、その成立年代と尊格体系に関する事項は以下の通りです。

 

成立年代については、『十八会指帰』を基準として、そこに記述があり、その内容が現行テキストと一致する場合、不空三蔵が多量の梵本を携えて帰朝した746年までにその中心部分が成立していたことになるので、それは初期の瑜伽タントラに分類されます。そしてそれ以外のもの、8世紀後半まで成立が遅れる可能性が高いものは後期の瑜伽タントラとなります。(もちろん、『十八会指帰』の第十五会「秘密集会瑜伽」であり、それは無上瑜伽タントラ『秘密集会』の原初形態に言及したものです。)(追記。初期の無上瑜伽タントラ聖典と、後期の瑜伽タントラ聖典は並行して行われる時期があったということでもあります。)

 

尊格体系では、『理趣経』系は十七尊マンダラや八大菩薩、『初会金剛頂経』系は金剛界三十七尊というように、他のタントラの尊格群を交えていないものは、初期瑜伽タントラといえるのですが、『金剛場荘厳タントラ』は、『理趣経』系でありながら金剛界の十六大菩薩を説き、さらに『秘密集会』系の四仏母も取り入れているから、尊格体系の上でも後期瑜伽タントラと分類されます。

 

追加情報として、

 

『金剛場荘厳タントラ』の第12章には、女性尊の成就法が集中して説かれています。(それは)般若仏母、仏眼白衣ターラー、毘倶テイ(Bhkuī)、マーマキー、金剛鎖(Vajraśnkhalā)、准提(Cundā)の都合8尊です。(太字で表記した尊格は『秘密集会』の四仏母と同じ。)胎蔵マンダラとの関連について、註4に、現図曼荼羅では、マーマキーが金剛手持金剛に置き換えられ、金剛鎖は第2列に配されています。胎蔵旧図様、阿闍梨所伝曼荼羅等を参照されたい、ともありました。

 

本論文ではないですが、無上瑜伽タントラ聖典、註釈文献に言及される『大日経』の教理概念、引用についても、田中氏は論及しています。必要に応じて別途ご紹介する必要があります。